「・・・悪かった」


ばったりと部屋の前で居合わせ、沈黙が続いた嫌な空気を破ったのは低い声だった。

最近松岡先輩は、何かを考え込むような表情しかしていない。
そんな、苦しそうな表情のまま謝られた久遠さんは一瞬呆けた顔をしてから、一気に怒ったような表情に変わった。
祭りの帰り道、電車でリレーのメンバーに入れてくれと頭を下げた先輩に驚いたばかりだっていうのに、なんだこの状況。冗談抜きで笑えない。
っていうか何に対して謝ってるのか僕には分からないけど、ここ最近二人か言い合うどころか話している場面すら見かけていなかったから少し(いやめちゃくちゃ)心配していたのだ。


「別に謝ってほしいわけじゃない」
「・・・久遠、」


強い瞳で松岡先輩を見る久遠さんは、入学当時の頃と少し変わった気がする。
なんというか、頼もしくなったというか、ほぼ何もできない状態からよくここまで成長したもんだよなぁ、と感慨深そうに呟いた部長を思い出した。こんなときに。
それでもまだたまにプールサイドでこける姿は見かけるけど、危なっかしくて目は離せないけど、それでもみんな久遠さんのことを信頼している。
それだけの努力を彼女はしてきたし、みんなを支えてきたのだ。

以前よりも自信のある瞳で久遠さんは先輩を見上げていた。
眉根を寄せて、先輩は彼女を見下ろしている。


「凛、わたしはわたしの持てる力を全部出してサポートするから」
「は、」
「凛が決めたことだから、ちゃんとやらないとダメだよ」
「・・・わかってる」


大きな手を伸ばして、松岡先輩は久遠さんの頭を数回撫でた。
珍しい光景に、開いた口がふさがらない。先輩ってこんなことするんだ、ていうか久遠さんも黙って受け入れるんだ、ていうか僕存在忘れられてないよね・・・

ギスギスしていた空気が、確かにほぐれたのを感じた。
喧嘩ばっかりの二人だけど、何故か応援したくなるのは、僕は二人ともが好きで尊敬しているからだ。
本当に、不器用な人たちだと思う。

わずかに上がった二人の口角を見て、そっと口元に手をやった。

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