『・・・スイミング通って何年目だ?お前・・・』


呆れているような、驚いたような、そんな表情で松岡くんは言った。
俯く久遠に僕は慌ててフォローを入れる。大丈夫だよ久遠、ほら、時間かかる人だってたくさんいるから。
そう言って、咎めるように松岡くんを睨んだ。
僕の視線に気づいたのか彼は片眉を上げて、やれやれと首を振った。そうしたいのは僕のほうだ・・・久遠にあんな、ストレートに言うなんて。
強くはない久遠の心が、泣いてしまったらどうしよう。

こっちの異変に気づいたのか、スイスイと泳いできたハルに僕の頭は混乱した。
どうしよう、ハルが来たら絶対怒って喧嘩でも起こしてしまいそうだ。そうなったら久遠は自分を責めてさらに場の空気が悪くなる。


『久遠、』


声をかけようと手を伸ばしたとき、バッと顔を上げた久遠は勢いよく松岡くんの手を握った。


『どうやったらうまくなれる!?』
『わっ・・・、あー、え?とりあえず体で覚えるしかないだろ』
『教えてくれる?松岡くん!』


僕の横に水面から顔を出したハルが、面白くなさそうにそっぽを向いた。
僕たちに目もくれず、松岡くんに教えを請う久遠がなんだか別の人になったみたいで、何度か目をこする。

次に目を開けたときにそこにいたのは、まぎれもなく僕らの幼馴染みの姿だった。



暗闇の向こうから現れた凛に駆け寄り、思い切り頬をつねった久遠のその行為に渚、怜と共に固まる。


「馬鹿!!!」
「いっ・・・!っにすんだ久遠!」
「馬鹿!なんでっ、凛はあれでいいの!?」
「なんの話だよ!離せ馬鹿!」
「遙と、もう、泳げなくてもいいかって聞いてるの!!」


ぐっと押し黙った凛。
その前に立つ久遠の背中は、もうあの頃とは違う、頼もしいものだった。


「・・・勝敗こそがすべてだろうが。俺はあいつに勝った、それだけだ・・・!」


違うよ、凛。
確かに勝ち負けだって大事なことだけど、それよりもっと大事なことを教えてくれたのは、凛・・・お前だろ、


「お前こそ鮫柄の部員のくせに、こいつらに肩入れしてんじゃねぇよ」
「っ・・・」


凛の大きな手が苛立たしげに久遠の肩を軽く押す。
去っていく後ろ姿を静かに見つめる久遠は今にも泣き出しそうで、俺は手を伸ばしてその小さな体を引き寄せた。


「・・・久遠」
「真琴・・・」


さっきとは打って変わって頼りないその瞳にたまった雫は、今にも零れ落ちそうだ。
それをぬぐった渚が、「大丈夫だよ久遠!」と笑う。
小さく頷いて、久遠は自分の頬を叩いた。


「うん、大丈夫」


遙には真琴が、渚が・・・みんながいるから大丈夫。
わたしは、凛を支えないと。大丈夫だよ、またあの頃みたいになれる。
みんな、凛と一緒に泳げるから。

きっと、ハルが一番望んでること。
そして、久遠もそう願っていること。


「・・・強くなったね、久遠」
「真琴や遙に頼りっぱなしのあの頃とは、違うからね」
「ほんと、びーびー泣いてたあの頃とは大違いだね!」
「そんな頃があったんですか・・・」
「そんなに泣いてない!!」


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