着信を知らせるランプが鳴っている。こんな時間に誰だろう?
風呂から上がったばかりで湿った髪の毛をタオルで拭きながら、着信履歴からかけてきた人物を割り出した。・・・って、久遠?久遠だ!
高校に入って初めて会ったあの日にすぐ交換した連絡先だけど、いつも僕の方から一方的にメール送ってたりして呆れさせてたからなぁ。
でも電話なんてだ・い・た・ん!・・・かけ直そう。
いつもはドライヤーするけど、タオルを頭にかぶせて発進ボタンを押した。
早くかけないと、久遠は寝るの早いからなあ。
《・・・もしもし》
「わー久遠だ!どうしたの電話なんてしてきて?なにかよう?あ、ていうか来週の土曜日暇っ?」
《一気に喋んないでよ・・・ていうか明日から大会なのに緊張してなさそうだね》
わくわく、胸が高鳴る。
電話越しの声って、なんで普段と違って聞こえるんだろう。
無意味に前髪を触って、全神経を右耳に集中させた。
「そうだね、心臓に毛でも生えてるんじゃないかな?」
《それ自分で言っちゃうの》
くぐもった笑い声が聞こえる。
確か、久遠は寮に入ってたはずだからルームメイトに気を遣ってるのかな。
人見知りなのに、うまくやれてるのかな。
久遠と話すといつも、そんなことを考える。これじゃハルちゃんやマコちゃんみたいだ。
マコちゃんがお父さんでハルちゃんがお兄ちゃんなら、僕はきっと近所の幼馴染みになるのかな〜。
と、そんなことより・・・
「なにか用があったんじゃないの?」
《あー・・・まぁ、いや、うん・・・》
「? 歯切れ悪いね」
《・・・渚の声聞くと、緊張もまぎれるかなって》
「えっ、なにそれ久遠かわいいー!」
《うっさい!》
そこでマコちゃんやハルちゃんじゃなく、僕なんだー!
なんだか妙に嬉しくて、手元にあったぬいぐるみを力いっぱい抱きしめた。うん、ちょっと暑い。
もう少しで日付が変わる。
明日、久遠は僕達の応援もしてくれるのかな。
都合上表面では鮫柄の応援してもいいから、こっちの応援もしてほしいな〜
言えば、久遠は少し困ったように《・・・ちょっとだけなら》ツンデレ!かわいい!
《は、遙にね》
「ん?ハルちゃん?」
《うん。あの・・・遙の泳ぎを見せてねって、言っておいて》
「・・・わかった!!」
きっと、緊張を紛らわしたいっていうのは建前で、本題はこっちなんだろう。
ここ最近何故かぼーっとしてたハルちゃんを思い出す。きっと久遠か凛ちゃんのどちらかと何かあったのかなと思ってた。
なにがあったのかはわからないけど、これでいつものハルちゃんに戻れるかな。
■□■■
「ハルが・・・負けた?」
生気のないマコちゃんの声。
絶句する怜ちゃんやあまちゃん先生、江ちゃん。
プールの中に立ち尽くす、ハルちゃん。
視線を走らせて鮫柄の応援席を見た。
どうしよう、久遠、ハルちゃんが。・・・いや、久遠は鮫柄の部員なんだから、凛ちゃんの応援をしてて当たり前、だ・・・
"はるちゃん!"
いつもハルちゃんやマコちゃんと一緒に笑っていた久遠を思い出す。
鮫柄とか、岩鳶とか、そんなの関係ない。
ハルちゃんに何かあった時、支えてきたのはきっと久遠だから。
突然に立ち上がった久遠は、鮫柄の部員を押しのけて階段の向こうに消えた。
僕達も、行かないと。