大会が近くなるにつれて、少し久遠さんの様子がおかしいことに、僕が気づいているのだからきっと松岡先輩も気づいているはずだ。もちろん、御子柴部長も。
慣れてきた仕事も失敗を繰り返して、昨日なんて「少し休め」と部長に止められたくらい。
表情には出さなくても態度に出てしまう分、わかりやすくていいのかもしれない、けど・・・


「あの、松岡先輩、久遠さんって・・・」


話しかけられる内容はあらかじめ予想していたのか、松岡先輩は小さくため息をついた。
最近の先輩はものすごく調子がいい。反対に久遠さんは、先輩の調子がよくなるにつれてドジを踏む回数が増えているような気さえした。
マネージャーとしてがんばってくれているから、僕だって少しは彼女の役に立ちたい。

松岡先輩は仕事がなくてぼーっとする久遠さんを見て、口を開いた。


「俺も知らねぇ」
「そんな、だって松岡先輩が一番久遠さんのこと理解してるはずじゃ・・・!」
「あいつを一番良く知ってんのはハルや真琴だ。俺にはわかんねぇ」


"凛はわたしの特別"


慈しむような目でそう言った久遠さんを思い出す。
そんなことありません、と出かかった言葉を喉の奥に押しとどめる。僕が干渉してもいい範囲なのかどうか、図りかねた。

僕はこの部活での松岡先輩しか知らない。
だから彼がどう変わってしまったのかもあまりよくわからない。
けどあの日の久遠さんは、先輩を変えられるのは七瀬さんたちだと言った。戻れるまで、支えるとも。

今思えば、だったら、なんで、
なんであの時、久遠さんは悔しそうな顔をしていたのだろう。


「まっ、松岡先輩!」
「、なんだよ」


もう一度タイムを計ろうとした先輩の腕を掴めば、迷惑そうな顔をされた。
けど、あんな久遠さんを放っておくなんて、僕にはできない。きっと先輩だって、どうしていいかわからなくて戸惑ってるだけなのだ。

きっかけさえあれば、久遠さんにとっての一番は、きっと松岡先輩なのだから。


「ベストの状態で大会に臨まなきゃダメです!僕じゃきっとだめなんです、先輩じゃないと・・・!」
「・・・・・」
「久遠、さんは・・・きっと、先輩の支えが必要です!」
「・・・お前は、他人の事情に首をつっこみすぎなんだよ」


重いため息をひとつ。
また呆れさせてしまっただろうか。それでもいい。
いつの間にか先輩と久遠さんの喧嘩とも取れるやり取りは、鮫柄水泳部の日常風景と化してしまっているのだ。それがなければ、始まらないと思ってしまうくらいには。

首を鳴らしてプールから上がり、久遠さんのもとに向かう後姿をハラハラしながら見つめる。どうかしくじらないでほしい。
お互いの前だとどうしても素直になれない二人だからどうにも心配だ・・・


「おい」
「・・・・・」
「おい!」
「あ、りん・・・松岡先輩。タイム?計るの?待ってて、」
「いやそこ言い直す必要ねぇだろ」
「先輩の威厳を保たせてあげてるのに」
「余計なお世話だ」


ちょっと、変な方向に話もってかないでくださいよ!?
二人を見つめる視線に熱がこもる。気づけば周りにいた部員も、僕と同じように固唾を呑んで二人を見ていた。
もちろん、御子柴部長も面白そうな目で見ている。


「まず敬語遣えてねぇ時点で威厳もクソもねーだろ」
「・・・それもそうか」
「素直に頷いてんじゃねぇ気持ち悪い」
「凛はわたしをどうしたいの!?」


松岡先輩の理不尽な物言いに、僕を含めた部員がズッコケそうになった。
例外で、部長は耐え切れなかったのか吹き出してしまっているけど。


「不細工なんだよ!シケた顔してんな馬鹿!」
「してないよ!もとからこんな顔なんだよイケメンに言われるとか侮辱されてるとしか思えない!」
「そういう意味じゃねー!」
「じゃあどういう意味よ!」
「お前がへこんでっと俺も調子でねーんだよ気づけ!」
「は、」
「つーかこの部にとってお前はもう必要不可欠なんだから久遠がそんなだと士気に関わるだろ」
「・・・」
「なんもできない奴なんていないんだよ。お前は俺たちのためにちゃんと動けてる」
「・・・・・・」


ぽん、と頭に乗る大きな手を振り払って、久遠さんはビート版を各コースに配り始めた。
・・・もう、プルの練習は終わってるんだけどなあ・・・

けど、もう大丈夫そうだ。


「ん」
「おまっ、投げんな!」


やっぱり、こうでないと。
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