凛が転校してきてから、久遠とずっと一緒にいた俺と真琴にはすぐに分かってしまう変化がいくつもあった。
それに見て見ぬフリをして、ずっと守ると誓い直して、背にかばってきたつもりだった。
わかっている。離れられないのは、俺の方だってことくらい。


『あれ、久遠もこの学校だったのか!』
『僕たちと幼馴染みなんだから、当たり前だよ』


休み時間になるといつも俺たちの教室に顔を出す久遠を、このクラスで知らない奴はいない。
柔らかく松岡に言った真琴だけど、俺はそんなに優しく言うことはできないだろう。
やっほ、と軽く手を振った松岡に軽く笑みを見せて、久遠は小股で俺たちのもとにやって来た。
あ、また来てる。周りの奴らは久遠が来たとき、いつもそういう顔をする。ほほえましいものを見るかのような、そんな表情だから、悪い気はしない。

でも、今日は。


『久遠、廊下行くぞ』
『え、ハル廊下行くの?寒いよ?』
『いい。久遠』
『うん、あのねはるちゃん今日はね、・・・』


人見知りのせいで友達の少ない久遠だけど、毎日なにかしらの近況報告がある。
俺はそれを聞くのが少し楽しみだったりするから、自分でも親みたいだとは思う。でも、久遠の親は真琴で、俺は少し違う立場だ。
言うなら、


『兄貴みたいだな!』


ムッとして声の主を見る。
今は、俺と久遠と真琴の時間なのに、割り込んでくるなんて、図々しいにも程がある。

そんな俺とは対照的に、久遠は『松岡くん』と笑って話の輪にいれてあげていた。
俺たちだけの空間が、松岡にとられていく。

そんな子どもじみたことを考えて、無性に苛々した。



『久遠は、あいつが好きなのか』
『え?』


驚いたような表情で真琴が俺を見る。
スイミングクラブに通うとき、真琴とは時間を合わせたりしないけど久遠は別だ。
一人だと色々危なっかしいからいつも迎えに行くことになっている。今日は、真琴も遅れずに参加するみたいだったけれど。

久遠は数秒口を開けたまま、あいつイコール松岡だと気づいたのか『らいく?らぶ?』なんて俺でも理解しにくい言葉を寄越してきた。


『らいくならそうだよ。でもらぶじゃない』
『久遠、どこでそんな言葉覚えたの?』
『こないだテレビで言ってたの』
『すごいね、英語できるんだ』


真琴はなんでもいちいち褒める。本当に久遠の親みたいだ。

らぶじゃ、ない。
まだ、久遠は松岡のじゃない。
そのことに、ものすごく安心する自分がいて、よくわからない感情が胸中を渦巻いて、少し気分が悪くなった。



肩を揺さぶられる感覚がして、目を開ける。
大分水につかっていたせいか、手にはいくつものしわがきざまれていた。ぼーっとする頭。左右に振れば、水滴が飛んだ。


「ちょっと、かかるよ」


聞きなれた低くとも高くともない声に、驚いて声のしたほうを見る。
焦点があった時、そこにいた久遠の姿に再度驚いた。


「・・・来るときは、連絡いれろって、」
「連絡入れたらどうせ、迎えに来るって言って聞かないでしょ」
「当たり前だ」
「一人で来れるもん」


風呂の中で寝るなんて、おぼれたらどうするの?
若干怒気を含んだ声で久遠は言う。あの時とは大分変わった。根本的な部分で変わらなくても、あの頃より堂々としているし、あの頃より俺達を頼らない。

少し、寂しい。


「大会、出るんだよね」


なんの、とは聞かなくてもわかった。
タオルで頭を拭きながら、小さく返事をする。
凛と、県大会で会うと約束した。そこでの勝負で、俺は、自由になれる。

タオル越しに見た久遠に、俺はまた少し驚いた。


「・・・久遠・・・?」


泣きそうな顔で、久遠は俺を見ていた。
なんで。

この表情は一度見たことがある。
悔しそうな、泣きそうな、くずおれそうな、顔。


「凛、速くなってる。とても」
「・・・・、」
「遙もがんばって」
「、久遠」
「それだけ言いに来たの。また大会で会おうね」
「まっ・・・!」


伸ばした手は届かなかった。

あの顔は見たことがある。


"景色ってなに?わたしには見えないの?"


勝ち取ったトロフィーにおめでとうの言葉もなく、久遠は泣きそうな顔でそう言った。
ずっと一緒だった俺たちの仲を断ち切ったのは、紛れもなく俺と真琴だったのだ。
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