「久遠」


合宿二日目。
ハルちゃんの言葉に振り返れば、確かに久遠らしき人影がこっちに歩いてきているのが見えた。
相変わらずの久遠センサーだね、ハルちゃん!なんて言いながら駆け出す。「待て渚」待たないよーん!


「久遠〜!」
「うわ来たイノシシ渚」
「どうしたのっ?なにしに来たの?」
「・・・そちらのマネージャーさんが来てたからわたしも真似して偵察に」


追いついたハルちゃんとマコちゃんが、顔を見合わせた。
久遠が偵察とか言ってる!すごい!と素直に褒めれば、「けなさないでくれる?」とジト目で睨まれた。ええ〜、褒めたつもりなのになぁ。
少しして怜ちゃんも海から上がってきた。僕達に囲まれる久遠を見て思い出したのか、軽く会釈する怜ちゃんに会釈を返す久遠。
・・・おお、久遠も成長してる・・・!


「会うのは二度目ですが初めまして、竜ヶ崎怜です。以後お見知りおきを」
「楸久遠で、す・・・な、渚もこんくらい礼儀正しい子に育ってればよかったのに」
「えぇ!それどういう事ぉ!」


やっぱり人見知りなのは変わらないか。
緊張のせいか自己紹介を終えればすぐに僕に話題を振る久遠に、少しの安心感を覚えた。

・・・そういえば、かなりの時間をかけて仲良くなった僕とは対照的に、凛ちゃんとはすぐに仲良くなってた気がする。


「凛や鮫柄の奴らに何もされてないか」
「されてたら大問題だよハル・・・」
「万が一ということもありえるだろ」
「されてないから」


マコちゃん、ハルちゃん、久遠の三人がそろうとすごく懐かしく感じるんだよね。
心配そうな表情を貼り付けて話す二人を鬱陶しそうな、それでも嬉しそうな顔で受け流す久遠も、昔から変わらない。


「あの遙先輩があんな態度で・・・楸さんという方がとても大切なんですね」
「そうだよー!僕達は昔なじみだしね」
「だからといって練習にならないんじゃ困りますが・・・」
「あっ、ほんとだ!おーいマコちゃんハルちゃん、そろそろ練習しようよぉー!久遠も偵察できないでしょ?」


そうだよ偵察に来たんだからちゃんと練習風景見せて、と二人の背中を押す久遠。
「じゃあ、ちゃんと見ててよねっ!」言い残して、みんなで海に向かって走り出した。
走っている最中、ハルちゃんはチラチラと久遠を振り返っている。・・・そんなに心配しなくても、久遠だって成長してるんだよ、ハルちゃん!



『あっ!久遠ちゃん!今日は練習きたんだね!』


一瞬肩を揺らして振り返った久遠ちゃんは、小さく頷いた。
僕に続いて更衣室から出てきた七瀬くんと橘くんにパッと表情を明るくさせて、駆け寄る。
『あんまり無理すんなよ』ぷいっと横を向きながら、七瀬くんは久遠ちゃんの頭を優しく二回、ぽんぽんと叩いた。


『でもなんで?僕が誘ってもあんまり来てくれなかったのに〜』


嬉しくて久遠ちゃんの手握りをながらプールサイドまで歩く。
一歩先を歩いている七瀬くんと橘くんは、チラチラと久遠ちゃんを振り返りながら歩いていた。
「ええ・・・」困ったように眉尻を下げて、久遠ちゃんは言った。


『松岡くんが、泳ぎを教えてくれるって言ったから・・・』
『・・・松岡くん?松岡くんって、最近このスイミングクラブに入ってきた松岡くん?』
『うん』
『そんなの僕だって教えてあげるよ!』
『渚くん、いっつもわたしのこと最終的にほったらかしにするもん』
『しないよぉ〜!』


僕が先に久遠ちゃんとお友達になったのに!
少し悔しくて頬を膨らましていると、噂の松岡くんが僕たちに追いついてきた。
反射的にぎゅっと、繋いでいる手に力を込める。


『よっ!』
『ねぇねぇ松岡くん、久遠ちゃんに泳ぎ教えてあげるって本当?』
『ん?ああ、だってうまくなりたいんだろ?』
『う、うん』
『だったら一緒にがんばろーぜ!』


ニカッと歯を見せて笑った松岡くんに、久遠ちゃんは小さく笑って頷いた。
・・・き、危機だよハルちゃんマコちゃん!久遠ちゃんが松岡くんに盗られちゃうよぉ!



なんて、なんだかよく分からない危機感を持ってたっけ、あの頃は。
「送っていく」と親馬鹿なハルちゃんの誘い「一人で帰れる」と断った久遠の背中を見送りながら、思い出す。

寂しそうなハルちゃんの横顔に、そろそろ子ども離れしないと!と言えば、意味がわからないと言いたげな瞳を寄越された。


「んもぅ、ハルちゃんったらほんと親馬鹿」


未だに久遠が消えた方向を見続けているハルちゃんにそうこぼせば、近くで聞いていたマコちゃんは苦笑した。


「ずっと守んなきゃ、って思ってたけど・・・知らないところで成長してるんだよなぁ」


案外それを認めてあげられないんだよね、幼馴染みって。

ハルちゃんに負けず劣らず寂しそうな瞳で、マコちゃんは笑う。
それはさながら、子ども離れできない親みたいだった。

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