とうとう始まった合宿で見事に目の下に隈を作って来た久遠さんは、青白い顔のまま得意げに部長に何か伝えていた。
たぶん、「夕食楽しみにしててください」とかそんなとこだと思う。
隣に座る松岡先輩は、腕組みして窓の外を見ていた。この方も相当みっちり教え込んだのか、部活を休んだ次の日はなんとなくやつれてたような気がする。
二人とも、本当に努力家だから凄い。


「せ、先輩」
「あ?」
「いやあの・・・どうでした?久遠さんとの修行?は・・・」


修行と呼ぶべきなのか、まぁ部活をわざわざ休んで久遠さんの面倒を見ていた日の次の日は、とてもじゃないけどそんなことは聞けなかった。ていうか聞いたらいけない雰囲気だった。単純に怖かった。
彼女はちゃんと、"食べ物"を作れるようになっているのだろうか。僕はまだ生きていたい・・・!


「・・・・・・、まぁ大丈夫だろ」
「・・・そ、その間は」
「大丈夫だ。・・・たぶん」
「たぶん、って・・・」
「うっせーな、大丈夫だっつってんだろ!」
「すいません!」


ギッとするどい眼光で睨まれたら、僕は謝る他ない。
この眼力を正面でうけて久遠さんは怯まないどころか言い返しているのだから本当に心から尊敬する。部長の次に強いハートの持ち主だと思う。

そろそろ出発するぞ、という声とともに発進するバス。座り遅れた久遠さんが慌てて席についた。・・・その際、腰を座席にぶつけていたけど。
さあ、ここからが僕の忍耐力の鍛えどころだ。なにってかにって、久遠さんの席は僕と通路を挟んだ隣なのだ。
この二人の言い合いが始まらないうちに、寝たふりでもなんでもいいからしておかない、


「似鳥くん、これいる?」


と・・・


「え?」
「え?」


ここでまさかの僕に話しかけるのか・・・!詰んだ。僕はもう終わりだ。
「いらないの?」と不思議そうな顔で首を傾げる彼女に適当に相槌を打ちながら、恐る恐る隣を見る。
窓の外を見ている松岡先輩の口元は、不自然に引き結ばれていた。
もう席変わりましょう先輩!僕酔いやすいんで窓側がいいなあ!・・・なんて、不機嫌そうな雰囲気の彼に発言することもできず。
泣く泣くお菓子を頂戴すると、久遠さんは目線を松岡先輩にやって顎を動かした。

あ、これは先輩を呼んでくれっていう合図か。
・・・・・このタイミングでこの機嫌悪そうな先輩に話しかけろと!?


「せ、せ、っ先輩!」
「似鳥くん、シー・・・寝てる人が起きちゃう」
「あ、すみま「あんだよ」すみません!」
「シーッ!!」
「・・・お前ら静かにしろよ・・・」


呆れ顔の先輩。僕も久遠さんもやってしまったと口元を抑えた。

手に持った袋を差し出し、彼女は珍しく笑みを見せた。


「これあげる。先輩昔から好きだったよね」
「・・・サンキュ」


僕の前を鍛え抜かれたたくましい腕が通って、がさりとこすれる音がして、今度はほのかな香りを持った腕がもとの場所に戻っていった。
これ、先輩の好物だったのか・・・覚えておこう。

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