でも、不思議ですよねぇ・・・
部活中、ぽそりと呟いた江ちゃんに首をかしげる。
タオルを受け取って水滴を拭いていれば、まだ泳いでいるハルのバタ足で跳ねた水が拭いたところにかかった。・・・

で、なにが不思議なんだろう?


「なにがなにがっ?」


近くにいた渚が、面白そうな匂いを嗅ぎつけてかきらきらとした瞳で駆けつけて来た。
ちなみに怜はバタフライの練習中だ。


「いや、久遠?さんのことなんですけど・・・遙先輩達と幼馴染みで競泳もやっててお兄ちゃんとも面識があるなら、私と会ってないはずがないのになぁって思って」
「ああ!そういえば、なんでだろうね」
「こないだ急遽遙先輩の家の近くまで久遠さんを見に行った時も、思い出せなかったし」
「アレじゃない?久遠ってば昔はすんっっごい人見知りだったから!ね、マコちゃん!」
「そうなんですか?真琴先輩!」
「ああ・・・、」


そういえば、そうだったなぁと小さな背中を思い出す。
久遠はいつでも俺やハルの後についてきて、他と仲良くしようとしなかったのだ。
同学年にもあまり友達はいなかったようだし、学校が離れた今鮫柄でうまくやってるのかどうかも本当のところはわからない。
メールで見る限りは大丈夫そうだけど、やっぱり心配なものは心配だなぁ。


「僕もね、最初の頃はビクつかれてたんだよー」
「あはは、そうだったな」
「でも渚くんはお得意のコミュ力でなんなく友達の座ゲットってことでしょ」
「そんなとこ!・・・それに、運動も得意な方じゃなかったから、大会とかでもあんまり目立たなかったし、江ちゃんの記憶にないのはそのせいじゃない?」
「・・・そうなのかも・・・」


プールから上がってきたハルと怜に微笑みかけて、「久遠の話をしてたんだよ」と言えば、ハルは若干目を輝かせて「久遠の事ならなんでも知ってる」と胸を反らした。
ほんと、ハルも昔から変わらない。

でも、それはあくまで中学三年までの久遠だ。
今久遠は俺達の傍に居ないし、そもそも一人だけ違う進路なんて考えもしなかった。
確実に、俺らの知ってる久遠ではなくなっていってるに違いない。知らない人に囲まれるなんて、昔の彼女じゃありえなかったことなのだから。


「・・・でも今の久遠を知ってるのは、凛・・・鮫柄の人たちだね」
「根本的な部分は、変わらないだろ」


拗ねたような口調で言ったハルに、俺は苦笑しながら頷いた。



『なぁなぁお前、名前なんていうんだ?』


屈託のない笑顔で、オレの後ろにひっそりと隠れていた久遠に声をかけた松岡くん。
揺れる感覚に、久遠が戸惑っているというのは手にとるように分かった。伊達に幼馴染みをやっているわけじゃない。
隣にいたハルも、久遠をかばうようにして松岡くんを睨んでいる。そ、そんなに睨まなくてもいいんじゃないかな・・・


『久遠が困ってる。話しかけるな』
『七瀬には聞いてねーよー!だって同じスイミングクラブだろ?名前くらいいーじゃんか』
『えっ、松岡くん久遠がスイミングに通ってること知ってたの?』


それは驚くべき事実だった。
今考えればどうってことはないんだろうけど、久遠のことを覚えている子は周りにも少なかったから。休みがちだったし、たった一回目にしただけで覚えるほど印象がある子でもないと、幼馴染みのオレ達でさえ思っていた。
だからこそ、彼女のことを知ってるのはオレ達だけだから、守ってあげないとっていう気持ちだって強かった。


『でも、今の二人の言葉で名前は分かったぞ!久遠だな、覚えた!』
『だから、馴れ馴れしく・・・久遠?』


驚いたような声音のハル。
どうしたんだろうと振り向けば、オレの背中に隠れていた久遠が若干顔を覗かせて松岡くんを見ていた。
そんな久遠に若干近づいて、松岡くんは手を差し出した。


『オレは凛、松岡凛だ!自己紹介はスイミングクラブでしたの、聞いてただろ?よろしくな!』
『・・・、・・・ま、ま、まつおか、りん・・・』
『そ!あ、凛でいいぞ!』
『わ、たしは・・・楸、久遠』
『ん、』


おずおずと差し出された手を、少し強引に引き寄せて握った松岡くんに、久遠は若干戸惑いながら、それでも嬉しそうに笑ったんだ。



「今日も何事もなく無事だった?・・・っと」


毎日寝る前に一通、メールを送る。
鮫柄に通うと分かったとき、我ながら過保護だと思いながらも約束させたことだ。
すぐに返ってきたメールを見て、笑いをこぼした。


"大丈夫。そんなに心配してくれなくてもいいよ"


少しずつ、久遠も、成長しているんだなぁ。

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