この、グズ!

その場の空気が凍るような、そんな気さえした。
鬼の形相で久遠さんに詰め寄る松岡先輩は、それはもう本当に鬼のようだ。僕だったら絶対に漏らしてるだろう。
だがしかしそんな先輩に臆することなく小さいながらも睨み返している久遠さんは、勇者だと思う。僕だったら以下略。
松岡先輩の手には一リットル水筒。大方、またやらかしたに違いない。
傍で御子柴部長が笑いをこらえているのが目に入った。どんな神経をしてるんだ、この空気で笑うなんて。
僕を含めた一年生が松岡先輩の表情だけで縮み上がっている中、恒例行事のようにその展開は幕を開ける。


「どぉうやったらこんなスポドリがマズくなんだよ」
「説明書はちゃんと読んでるから松岡先輩の舌がおかしいんじゃないの」
「馬鹿言え俺の舌は正常も正常だお前の舌がおかしいんだちゃんと毒味してんのかコレ」
「どく・・・っ!?失礼にも程があると思うけどセンパイ?毒味するもなにも、説明書通りにやってるんだから味見なんてする必要ない」
「してねーんじゃねぇか!お前これ飲んでみろよ、つーか臭い嗅いでみろ!」
「近づけないでください」
「現実から目を逸らすな異臭がするだろ」
「やーめーてー!」


あの二人は仲良しだな、と今度は豪快に笑った御子柴部長。
あなたの心臓には毛どころか植物でも生えてるんじゃないですか。一度解剖してもらったほうがいい気もする。


「部長!あれを止められるのは部長だけです!止めてください!」
「何言ってんだ似鳥?好きなだけ戯れさせとけばいーだろ」
「練習にならないじゃないですかぁ!」
「ほっとけほっとけ、ほら、タイム計るぞー」
「部長!!」


ストップウォッチをもって、部長は部員を一列に並べ始めた。
一年生もおびおびしながら部長に指示に従っている。二人に目をやると、双方にらみ合ったままピクリとも動いていなくてあわてて目を逸らした。あそこだけ空気が違う。


「オラ、一本目ェ!」
「せいっ!!」


・・・いいや、もう、僕は自分のタイムを少しでも上げれるように努力しよう・・・



この春から鮫柄学園に入学した楸久遠さんは、舌を巻くほどの・・・不幸体質ぶりだった。初日からみんなの同情を集めることばかりがその小さな身に降りかかっているのだ。

ざっとまとめると、まず遅刻。後々聞けば、寝坊はしてないのに近所の子ども達に登校中つかまり、遊び相手をさせられて電車に乗り遅れたとか。
次に部活動見学でのこと。水泳部のマネージャーになりたいという彼女の意思は入学する前から決まっていたらしい。問題は見学のときのことだ。プールの入り口に立ったとたん滑って転んで・・・その、パンツが・・・これ以上は彼女のプライドがアレだから内密にしておこう。ちなみにキャラパンだった気が、する・・・
そして極めつけには、女子寮への登録がされていなくて部屋がなく、泣く泣く男子寮の部屋を使うことになった、ということだ。そんなことがあっていいのかは僕には判断できないけど、廊下には監視カメラがついているし、万が一のことはないだろう。
監視カメラがついていようがいまいが、男子が手を出したくても出せないのは僕と同室の、この人のおかげというか・・・


「ったく・・・何回作らせたら学ぶんだあいつは・・・」
「あはは、・・・」


ぶつぶつと久遠さんの文句を言いながら腹筋をする松岡先輩。
僕の憧れだった。もちろん今でも憧れている。・・・水泳に関しては。あ、勉強もか。顔もイケメンだ!

じゃ、なくて。


「き、今日もなにかやらかしてましたね」
「・・・・あぁ」
「スポドリ、そんなにやばかったんですか?」
「やばいなんてもんじゃねーよアレは」


・・・どんだけひどかったんだ。
味を思い出したのか、松岡先輩は顔を歪めて腹筋の速度を上げた。
嫌そうにしていて仲がよくなさそうに見えるけど、そうではないことは誰もが知っている。
久遠さんは七瀬遙さん、橘真琴さんの幼馴染みらしい。その幼馴染み二人ともう一人、葉月渚は岩鳶高校で最近水泳部を設立したとか。
まあそんなことはさておき、幼馴染み経由で松岡先輩とも知り合ったのか、過去のことは僕にはよく分からない。
けど、松岡先輩は久遠さんのことをとても大事に思っている。


「あいつ、明日もあんなの作ってたら殺す・・・」
「え、・・・」


・・・たぶん。
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