いつもと同じ電車に乗り込んで、いつもと同じ場所に座る。
すると次の駅からはいつもと同じような人たちが乗ってきて、その乗客の中に一際大きくて目立つ男の子も乗ってくる。名を紫原敦、君というらしい。
私と同じ制服を着ているから、同じ学校なのだろうけど、なにせ私の通う学校は名の知れたマンモス校なのだ。あんなに大きくて目立つ人といえど、多くの人間に混ざれば見えなくなるに違いない。

手に持っているぞうさんのハンカチを握り締め、今日こそはと席を立った。
心臓がやけにうるさい。顔もずいぶん赤くなっていることだろう。
すみません、すみませんと小さく周りの人に声をかけながら、着実に彼に近づいていく。

と、言うのも、すべては先日の出来事がきっかけだった。


『あっ』
『!?』


見知らぬおじさんが飲みかけのジュースを誤って落とし、少なくない残りのすべてが私にぶっかかったのだ。
おじさんは謝りはしたものの、急いでいたようで、次の駅で降りてしまった。学校に着く前からいやな目に遭ったなあ。
若干イラついた心境で、私はかばんの中をまさぐる。
生憎と仲良しの子はいつも徒歩で登校しているため、私は学校まではほぼ毎日一人だったのだ。それもプラスして恥ずかしかった。私がこぼしたのではないのに。
そして、その日、私はいつも常備しているハンカチを持ってきていなかったのだ。


『(うそでしょ、)』


呆然と、何も入ってない鞄の内ポケットを見る。泣きたくなってきた。
このままでは大きなしみになってしまう。だけど周りに仲のいい子は一人も見当たらない。本気で泣きそうになったとき、目の前に差し出された可愛らしいハンカチと、大きな手。


『これ使えばー?』


低いけどどこか安心感のある、間延びした声。
驚いて顔をあげるけど、そこにあるのはネクタイ。え、この人どんだけ大きいの。思いながらもう少し顔の角度を上げると、だるそうな目の彼がいたのだ。


『え、あ、え・・・』
『しみになっちゃうよ?』
『あ、は、はい!』
『・・・そんなどもんなくてもいーじゃん』
『あ、あ、ありがとうございま、す』
『うん』


うなずいた彼は、まるで子供にするように、その大きな手で私の頭をぽんぽんと二回叩いた。
心臓がはねて、私は瞬時に彼に恋したことを自覚したのだった。


「(・・・今日こそは・・・、)」


私はあの日、彼への恋心を自覚した。
何度もハンカチを手渡そうとして失敗して、頭の中にあるシミュレーションも実行できないままだ。
たまたま乗り合わせたのか、髪の毛がピンク色の美人さんと喋っている彼を見て、私は今日もすんでのところで足を踏み出せない。

このままじゃ、いつまで経っても返せないままだってことは、わかってるのに。

・・・・・・彼女さんなのかな、
先日とは違う意味で泣きたくなってきた。耐えろ私の涙腺!せめてハンカチを返して、それから泣けばいいじゃないか!


「なにしてんのー?」


俯いた私の頭上から聞こえる、あの日と変わらない間延びした声。
驚いて顔をあげても、やっぱり見えるのはネクタイで、それ以上に目線をあげれば、あの日と同じような顔で、紫原君が私の目の前にいた。


「あ!あ、あの、その、・・・」
「ねー久遠ちん」
「は、はい!・・・あれ?なんで私の名前・・・、」
「オレ結構待ったよ、もう限界なんだけどー」
「え?え、あ!す、すみません・・・」


このハンカチは、どうやら彼のお気に入りだったらしい。
なにしてんの本当に、私、これをきっかけに関係を持つどころか、好感度ダウンじゃないか・・・やば泣く。


「ちがくて」


差し出したハンカチを受け取ることなく、その大きな手はあの日と同じように私の頭を軽く叩いた。


「・・・ねぇ、アド教えてよ」


それあげるから。

押し返されたぞうさんのハンカチ。
目線をめぐらせた先には、楽しそうに微笑む美人さんがいた。


言えばさらなり
これは夢?
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