初のデートだった。
彼に似合うように前日よりも前の日からメイクの練習をして、服も厳重に選んで、靴だって小さな背が少しでも高く、綺麗に見えるようなものを購入した。
彼の口からは、かわいい、と尻すぼみだったけどそんな嬉しい言葉を聞けた。お互い初めてて少し恥ずかしくて、ふわふわとさ迷う手すら、愛おしく感じた。

こけた。

ストッキングはびりびりに破れて、痛さと恥ずかしさと情けなさで涙が溢れた。
そのためかメイクも酷いことになった。大勢の注目を浴びる中、彼は無言であたしの肩に手を回して近くの公園まで運んでくれた。
その間も、あたしの涙は止まることを知らないかのように溢れ続けた。

せっかく、せっかく頑張ってほどこしたメイクもコーディネートも、台無しになった。
なにより、彼の、黄瀬君の顔に泥を塗るようなことをしてしまった。情けない。情けなくて、悔しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。

黄瀬君の顔を、見れない。
世界すら滲んで見えるこの目で、黄瀬君の顔を映したくなかった。
きっと、きっと見損なわれた。だって、どうしよう。どうしたら、汚名返上できる。

黄瀬君、あたしどうしたら。

ベンチに腰掛けたあたしをしたから覗き込むように、黄瀬君は地面にしゃがみ込む。


「痛い?」


綺麗な手が破れたストッキングに触れた。

大袈裟なほどに肩を揺らして、でも黄瀬君の顔は見れない。
小さく首を横に振ると、うそつき、という低くて冷たい声が聞こえた。
心臓が悪い意味で暴れだす。


「楸さん、痛くないわけないでしょ?」


泣かないで正直に答えなよ、と依然冷たいままの声が耳に入ってくる。
怖くて、嫌われるのが怖くてついた嘘ですら、黄瀬君は見破って、だったらあたしは、もう正直に首を縦に頷くしかない。


「・・・血、出てる」
「き、せ君、・・・っぁ!?」


生温かいものが膝を、


「きせくん・・・!きたない!やめて!黄瀬君の体に、きたないのが、」
「うるさい」


大きな手があたしの口を覆った。
くぐもった声しか出せなくなるあたしの膝を、彼は舐め続けた。

また、涙が出てきた。


「何勘違いしてんのか知らねっスけど・・・オレはちゃんと、楸さんの事好きだし・・・努力してたの、知ってる」


そう言って首に回された黄瀬君のたくましい腕。

痛いなら、痛いって言わなくちゃ、ね。と、やっと見ることができた黄瀬君の顔は穏やかで、涙を拭ってくれる黄瀬君は優しくて、


「ごめんなさい」
「ほらもう、こんなにして。気づいてないとでも思ってたんスかー?」


無理矢理靴を脱がして、靴擦れで血が出ている踵を見た黄瀬君は、やっぱり穏やかな顔のまま「うそつき」と笑った。


うそつきな君の唾液はにがい
うそつきなんてオレが言えたことじゃないけどね。

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