「久遠」


名前を呼ばれて振り向いた久遠は、呼んだ主の顔を見て笑い泣きのような顔をした。
一時姿を消していたイタチ。そのわけは聞かずともわかった。それでも、理解はなるべくならしたくない。

手を引かれて歩いた先は、誰もいない廊下。
明かりもついていないその廊下で、イタチは困ったように薄く笑って久遠の髪の毛を撫でる。久遠はへらりと笑ってみせた。

イタチを含めたみなが、久遠の笑顔を好むと、久遠はわかっていた。
それでもやはり悲しそうな笑みにしかならない。心から笑えない。
久遠には、イタチを笑顔で送り出してやれるほどの、大人な心は持っていなかった。いつかまた会える。そう信じてはいても、別れというのはいつの時も悲しく、嫌なものだった。

髪の毛を撫で、頬を撫で、慈しむかのように、イタチはその端正な顔を近づけ、唇で久遠の頬に軽く触れた。
ふ、と声が漏れる。目尻に溜まった涙を自身の手で拭った久遠は、くすぐったいよとか細い声で言った。

イタチの中でなにかがはじけた。
普段の彼からでは想像もつかない荒々しさで久遠の背中に腕を回し、力の限り抱きしめ締め付け、自身の額を彼女の肩口に押し付けた。


「・・・はなれたくない」


誰よりも大人で、誰よりも優しくて、誰よりも寛大な心を持った、彼の初めての我儘は、叶うことはない。
あふれ出さんとする涙を堪え、久遠はイタチと同じように背中に手を回して抱きしめた。

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