遅ェ。
苛立ちをそのまま行動に移すオレに、怯えた瞳が向けられる。
八つ当たりにその瞳を睨み返せば、コンマ一秒で逸らされた。こっちの世界にやってきて物足りないと思うのは、オレと対等に張り合えるやつらが居ないという事だ。孤児院を出てからじゃ、特に。
目が合っただけで怯えあがる奴らに苛立ちは募る。そんなオレでも影でかっこいいだらなんだらと遠目で眺めるけばい女共にも苛立つ。
つーか、なんで来ねェんだよ、久遠。
毎朝長門に教室まで送りとどけられてくる(長門の過保護は健在だった)あいつの姿が、一限を終えた今ですら現れない。なにかあったのか、と考えるにはこの世界は平和すぎた。どうせただの寝坊だろうとたかを括る。が、不愉快だ。
連絡のひとつでも入れやがれクソが。
鳴らないケータイを睨んで、粉砕してしまいたい衝動に駆られた。
その時。
ざわめいてきた廊下に違和感を覚える。
次第に耳に入ってきたのは、聞きなれた声がふたつと、久しい声が一つ。
ああ、と全ての糸が繋がった。
いや、それでも連絡を入れる余裕くれぇあったはずだ。あいつ後でしばく。・・・でも逆に喜びそうだからやめておこう。
それにしても、と舌打ちした。
もうしばらく久遠を独り占めできると踏んでいたのだが(長門は学年が違うから学校にいるほとんどの間あいつはオレのもんだ)、こうも早くに邪魔立てされるとは。
懐かしさと、同時に憤りを抱えて廊下に出る。
あっサソリさぁぁああんと唇を突き出してくる久遠を受け止めながら、オレは長門に並んで無表情にオレを見るそいつを睨んだ。
「よう・・・久方ぶりだな、イタチよ」
「・・・ああ」
そう睨むな。
一限めをサボってまでこいつと一緒に居たんだろう、今このときはオレの番だ。
***
「アメリカに居たのか?」
「ああ」
「すっご!じゃあ英語ぺらぺらなの?」
「ある程度は」
やばい惚れ直すよイタチ抱きついていい!?
と興奮気味の久遠は長門の隣に座っている。
やはり十年の時は短いようで長い。十年連れ添った長門の隣にいるのが当たり前になっているのを先日痛感したばかりだが、とオレは思考を巡らせながら箸を動かした。
昼休憩。
残念ながら(そんなことは微塵も思っていねーけど)オレ達と同じクラスにはならなかったイタチ。
昼休憩を迎えたその時、女子に囲まれていたのか若干げんなりとしていたイタチを見ていい気分になったのは記憶に新しい。ざまあみろだ。
だがそんなイタチを見て久遠が嫉妬とも取れるような行動をするから、どの道オレのいい気分は続かなかった。
何が、イタチはあたしのなのに、だ。
抱きついてもいいかという質問をしておきながら答えを聞かずにその大きな懐に飛びついた久遠が、若干眉を寄せる。
その変化にいち早く気づいた長門が、どうした?とイタチに抱かれたままのそいつの顔を覗きこんだ。
「・・・香水の匂いがする・・・イタチ香水つけないよね?」
「つけない。人に囲まれていたから、その時のものだろう」
「むむ・・・くっそう・・・やっぱりクラスが違うと守りきれないな」
「何を守ろうとしてるんだ」
ふ、と優しげに細められる漆黒の双眸。
心中で舌打ちを連発しながら、オレは米をかきこんだ。
「長門もサソリさんもイタチも、みんな顔が整いすぎだよ?色んな女の子が目をハートにして口からよだれたらして狙ってるんだから、その強かな裸体ぶっ」
「はしたないことを、いっ、言うな、久遠!」
長門に無理矢理口を塞がれた久遠。
目をハートにするだけならまだしも、後半はもっぱらお前のこと指してんじゃねぇか。
この馬鹿。