はい、と鈴の鳴るような声がして頬に当てられたのは、冷たい缶。
思わず肩を跳ねさせて隣に座るそいつを睨めば、いたずらっ子のような瞳でそいつはにいまりと笑った。その手には、暖かそうな、ココア。


「おま、こんなクソ寒ィのにオレにはこんな冷てェもんよこすのかよ」
「だって虹村、ソーダ好きでしょう」
「季節考えろ馬鹿が」


笑ったままのそいつの頬に缶を当てる。
冷たい、とどこか楽しそうなそいつに怒る気を削がれたオレは黙ってプルタブをきった。
薄暗いこの部屋の中で、ベッドに腰掛けて二人窓の外の空を見上げる。
今日は星が綺麗に見えるらしいから、と電話をよこしたこいつが数分後に家に訪れた時は少し驚きはすれど、慣れというのは恐ろしいもので。
ため息をついただけで家に招きいれたオレをどうか褒めてくれ。

そんな、なんの警戒心も無く来られたら、手を出しづらい。いわゆる、生殺し状態だ。
夜に、自室で、女と、二人きり。
ああもう、クソが。


「来る時から思ってたけど、天気予報のお姉さんはうそつきだね」


星なんて見えない。

悲しそうに眉尻を下げる。
オレの家の構造、どこになにがあるのか、熟知したこいつが持ってきたソーダを飲みながら、深い闇を見上げる。
薄い雲の向こうにある月がぼやけて見えづらい。掴めそうでつかめない、こいつによく似た朧月。


「ねえ、虹村」
「あ?」


ココアが入ったマグカップを両手に、こいつはふんわりと、どこか恥ずかしげに笑って見せた。


「わたしね、虹村のこと、信用してるけど、してないんだ」
「・・・はァ?」
「狼男は、満月の夜には、自分に正直に、本能のままに生きるんだよ」
「なに言ってんだ、お前、・・・久遠?」


マグカップを持っていた温かい手が、オレの頬に添えられる。
不覚にも高鳴る胸に、オレは危うくソーダを落としそうになった。

いつものように笑う久遠は、いつも通りのようで、少し違う、そんな雰囲気。
かがんだそいつの胸元が、少し見えそうで、見てしまえばオレの理性が飛びそうで、怖い。


「おい、はなれ、」
「きょうは、つきがきれいですね」


もう、オレは知らねェぞ。

弧を描くその唇が、次の言葉を紡ぐ前に、自分のそれを押し当てた。


オーロラソーダ
微妙な距離よさようなら

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