映画を観た日から何度か、部活が無い日には必ずと言ってもいいほど、彼女をデートに誘った。
久遠さんがこの誘いをデートと自覚してるかどうかは別として、割と楽しく順調にやってきているほうだと思う。
そろそろオレに落ちてくんないかな、なんて期待のこもった目で彼女を見るも、隣で真面目に授業を受ける久遠さんからは好きのすの字も出てきそうにない。
デートの時だって何回か、それっぽい空気に持って行ったのに、久遠さんはまるで気づかない。鈍感すぎて泣きたくなる。

オレの視線を感じたのか訝しげな顔でこっちを向く彼女に微笑む。
形のいい唇が、「あまりジロジロ見ないでください」と動いている。声は出てない口パクだけれど、彼女は言いそうなことはわかってしまうくらいには、仲良くなれたのだ。


***


教室にバッシュを忘れた。
バスケにかかせないシューズを忘れるなんててめぇはなめてんのか?あ?とドスの効いた声で笠松先輩に言われ、只今ダッシュで教室に取りに行っている最中だ。

ほんと、体育会系っていうか、容赦ねぇんだからよー。

教室に入ろうと踏み出したとき、その中から聞こえてきた声に思わず足を止める。


「ぶっちゃけ、黄瀬君とどうなの?」


それは、クラスでも軽そうな女子の集団に囲まれた久遠さんの姿だった。
興味深そうな眼差しで彼女を見る、化粧が施されたいくつもの大きな瞳。
それに臆することもなく見返す久遠さんに高鳴る自身の胸。


「正直ウチらさ、未だ信じれないんだよねー」
「黄瀬君がアンタに惚れてるって噂」
「悪いけど、そんなに可愛いってわけじゃないし、ねぇ?」
「黄瀬君の弱みでも握ってんじゃないかって推測してるんだけど、違う?」


ジロジロと舐めるように彼女を見る女子生徒に少量の怒りが沸く。
反論しようと足を踏み出したとき、久遠さんと目が合った。思わず固まる体。
来なくてもいいです、と動いた唇に、オレは息を呑む。


「弱み、ですか。確かに握っているかもしれません」
「えーマジで!じゃあ即刻黄瀬君解放してあげるべしっしょー!つーかその弱みってやつウチらにも教えてよっつって!」


高笑いし始めた女子生徒に一瞬顔をしかめた久遠さん。

ていうか弱みってなんだ。
眉を寄せてその場を見守る。幸いにも彼女を囲む女子たちは誰もオレの存在に気づいていない。


「でも、勘違いしないでください。その弱みは誰でも握れるわけじゃないし、言えば、私だけが握れる弱みです。そして私はそれを譲ろうにも譲れないし、譲りたくもない」
「・・・はあー?調子乗るなし。こっちはいつでもアンタを痛めつけれるってこと、覚えといたほうが、」


表情を変えた女子生徒を遮り、久遠さんは言った。


「黄瀬君の弱みは、私です」


その場が静まり返る。
唖然とした表情の女子生徒たちと、プラスオレ。

淡々とした口調で、彼女は続けた。


「おそらくなんでも出来てしまう彼の一生に一度の失態です。それは、私に惚れてしまったということ」
「・・・は、あ・・・?」
「何言ってんのアンタ?頭正常?」
「至って正常です。あなたたちは知っていますか?」
「な、何をよ」


問い返した女子生徒に初めて笑みを見せながら、久遠さんは言う。


「黄瀬君が必死で誰かを落とそうとしている健気なその姿を」


暴行一つ起こさせずに、久遠さんは自分を包囲していた彼女らを退散させた。

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