あれは、国語の授業のときの話だ。
国語の先生は考えが古くて怒らせるとめんどうな先生ばっかりだと思っていたけど、この一年間オレ達のクラスで国語を教えることになったその先生は、若くてユーモアのある人だった。
まず一番最初に自分の自己紹介をして、さっそく授業に入るかと思いきや、生徒にも自己紹介をしてもらおうかな、と爽やかな笑顔で言った。


"でも、ただ自分のことを言うのは面白みがないなぁ・・・うん、隣の人の紹介でもしてみようか"


その一言ですべては始まったのだ。
その時オレの隣にいたのが、久遠さんだった。長い前髪を横に流し、セミロングの髪の毛をふたつに結んでいる彼女は清楚なイメージ。オレのファンにいそうな子たちとは、正反対のタイプだなーとぼんやり考えていたのを覚えている。
そして少なからず困惑した。中学から一緒の子とかだったら紹介しやすいんだけど、久遠さんの存在を知ったのはこのときが初めてだからだ。


"まあ、いきなり隣の人の紹介しろって言っても無理だし、五分間くらい時間あげるからお互い少し会話してみろ"


国語教師の言葉で、一気にざわつく教室。
あたしも黄瀬君に紹介してもらいたかったなぁーと猫なで声で話しかけてくる女子を軽くあしらって、オレは久遠さんの方に体を向けた。もちろん、外向きの笑顔を忘れずに。
久遠さんは顔だけをこっちに向けて、小さく会釈をした。オレも笑顔を貼り付けたまま会釈を返す。


"楸久遠です。趣味は読書で特技は速読。苦手なことは運動です。よろしくお願いします"
"あ、はいっス。えっとオレはー・・・って、オレのこと知ってる?"


いちいち自己紹介するのも面倒だから、きっとオレのことも知ってるだろうと思って聞いてみれば、案の定頷いた久遠さん。
なんだか分からないけど少しの虚しさを感じながら、オレはまた笑った。


"じゃあ、自己紹介はいいっスよね!オレのことは適当に紹介しておいて"
"? なにを言ってるんですか?"
"へ?"
"私はあなたのことは知っていますが、それは名前だけです。他になにも知りません。この状態でどう紹介しろと・・・?"


オレは呆然と彼女を見つめた。
え?知らない?オレのことを知らない?そんなまさか。
自分で言うのもなんだけど、口内で一番有名な存在であるといえるこのオレを、彼女は名前だけしか知らないと言うのだ。

バスケだって強いし、モデルもしてる、のに。


"え、えっと、黄瀬涼太っス"
"・・・だから、名前は知ってるって言いましたよね?紹介はそれだけでいいんですか?特技とか・・・趣味とか"
"と!特技はバスケっス!趣味は・・・えーっと・・・趣味・・・"
"・・・・・・・・"


沈黙。気まずさに思わずうつむいていると、そろそろ始めるぞ、という国語教師の声。
半ば逃げるように前に向き直る。
どうしよう、バスケのことしか言ってない、彼女はどんな紹介をするのだろう。
久しぶりに騒がしくなった胸をおさえる。とうとう順番が回ってきて、先に席を立った彼女は言った。


"名前は黄瀬涼太君。特技であるバスケを、日々頑張ってるみたいです"


小さくも大きくもない、透き通った聞き取りやすい声。
何故かこみ上げる嬉しさに、オレは無意識に自分の制服を握った。

それほど気合を入れなくても、なんでもある程度はこなせてしまう。それはバスケも例外ではなくて。
帝光時代とは違い今の高校にはオレより上の選手はいない。強豪校であっても、張り合える仲間がいないことに少なからず失望していた。

でも。

その時の久遠さんの言葉は、本人は無意識にしても、怠けているオレを叱咤激励してくれているように感じて。


"一応、モデルもやってるっスよ!"
"すごいですね"


あ、オレ、この子好きだなあ。

その時、ただ漠然と感じたのだ。

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