一度だって見たことのなかった彼の涙を、こんな形で拝むなんて、なんて皮肉な運命なんだろう。
彼はどんな辛い境遇にいても泣かなかった。
忍なら当たり前のことかもしれない。忍なら非情であれ、たとえどんなに悲しく苦しいことがあったとしても、忍なら。

そう、それが彼の世界で、絶対なものだ。
言葉は、言霊だ。言霊は、縛りだ。縛りの、呪いだ。

座り込むわたしの目の前に立ち、その紅の双眸でわたしを見下ろす彼は、泣いていた。
まん丸の月を背に、確かに泣いていた。何故泣くのか、わたしには理解できなかった。
けれど、彼は今とても悲しいのだなと思った。悲しくて苦しくて、逃げ出したくて、でも逃げられないのかな。
なら、わたしは、どうすればいいのかな。

抱きしめてあげる?変な顔して、笑わせてあげる?それともわき腹をくすぐって、うーん、どうすれば彼は笑ってくれるのかな。

ねえ、イタチ。
人はどういうとき、笑うのかな。

あ、そうだ、前に君が教えてくれたよね。
人は、そう忍だって、幸せなときは自然と笑みが出るものなんだって。
じゃあ、幸せって思わせてあげれば君は笑うかな。

不気味なほどに静まり返ったこの場所で、君の笑い声が心地よくわたしの耳を揺さぶればいいのに。


ねえ、イタチ。


君の頬に伝う涙をぬぐってあげたいんだ。
これから先、どんなことが起ころうと、わたしは君の隣にいたいんだ。きっと、それはもう無理だけど、でもわたしは君を恨むことなんてしないよ。
君を恨む理由なんて、どこを探しても見つからないからね。

ほら、涙をふこうよ。
人間なんて簡単に亡くなるよ。早いか遅いかの違いだよ。
それに、わたしは、君に殺されるなら本望だよ。

その代わり、その代わりね。
君はもう少し後からわたしを追って来てね。


消えないでね

重なった唇と、わたしの頬を撫でる優しい感覚を、忘れないでおこう。
じゃあね、また会おうね。

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