ガタンッ、
強い風で窓が鳴った。
昔から、台風だけは怖かった。暗い夜道もおばけも平気なのに、台風だけは駄目だった。
台風は、色々と嫌なことを思い出す。
身を縮めて布団に潜る。
夏なのに暑くない、それがまた不気味で、カタカタと体が震えた。
やば、泣きそう。
台風が怖いなんて変な話だけど、怖いものは怖い。寝れない。
赤い髪の彼を思い出した。
あたしは無意識にタオルケットを持って、部屋を出た。
***
部品をいじっていると、控えめなノック音が部屋に響いた。
時計を見る。もう十二時じゃねぇか。
いつもならその部屋の外にいるであろう人物は、夢の中のはずだ。
オレは眉根による皺を隠せないまま、小さく返事をした。
部屋の戸が開く。そいつの泣きそうな顔に、オレは思わず瞠目した。
「・・・なんだよお前、その顔は」
「・・・サソリさん、」
小さく駆け寄ってきて首に巻きつかれる。
あー、もう。
普段笑顔しか見せないこいつのこんな顔に、オレは弱い。
驚くほど、弱い。
ため息をついて久遠の背中に手を回して抱きしめる。子どもをあやすように小さく撫でてやれば、鼻をすする音が聞こえた。
「泣くな、アホ」
「・・・ぅえ、っ」
「ここにいんだろが」
サソリさん、サソリさん。
そうやって何度もオレの名を呼ぶ久遠の心中は、どんなものなんだろうか。
普段からは想像もつかない弱々しいこいつの背中は小さくて、すがりつくように必死に抱きしめてくるこいつの腕は細くて。
「おら、寝んぞ」
「、はい・・・」
「・・・しがみついてんなよ、動けねぇだろーが」
「や、です・・・」
「、はあ・・・」
普段めったと入らない布団にこいつと潜り込む。
密着してきてもオレに体温なんざねぇが、それでも久遠は落ち着くのか、頬を摺り寄せてきた。
結構長いこいつの髪の毛を梳く。
からまることなくするりとすり抜けた。
「・・・お前の髪の毛は、質がいいな」
「、ありがと、ございます」
「人間、髪の毛いじられっと、安心するらしいぜ」
「・・・わかる、気がします」
なんも怖いことねぇよ。
そう言ってまた、久遠の髪の毛を梳く。
久遠がその大きな瞳でオレを見て、少しだけ笑った。
「・・・待ってくれてれば、オレ達は何度だって帰ってくる」
「・・・はい」
「絶対だ」
「はい、」
「帰ってこねぇなんて有り得ねぇ」
「はい」
「わかったらさっさと寝ろ、馬鹿野郎」
「サソリさん、」
「あ?」
「大好きです」
「聞き飽きた」
長いまつげが伏せられた。
しばらくして聞こえてきた寝息に、オレは小さく息をこぼす。
お前がそんな顔してると、柄にもなく不安になっちまう。
だから、我儘だって分かってるけど、笑ってろよ。
髪の毛を掻きあげて露になった額に、小さく口付ける。
オレだって、いつしかお前のことが。
・・・こんなにも、愛しく思うようになった。
雨はまだやまない。
明日も明後日も台風でいい。
そしてまた、お前が不安げな表情でオレのところに来ればいい。
なんて、そう思ってしまうのだ。