玄関を出ると、渋い青色の浴衣を上手く着こなした彼が微笑んで手招きしてくれた。
ゲタなんて履きなれていないから、少し足元をおぼつかせながら早足で彼の元まで歩く。
彼は当然のように手を差し出して、私も当然のようにそれを握って、軽く微笑み合う。


「じゃあ、行きましょうか」
「うん!」


向かうは、心躍る夏祭り。
今からワクワクしてテツくんの腕をぶんぶん振っていたら、彼は思い出したように私の方を見た。


「浴衣、とても似合ってます」
「!う、あ、ありがと・・・」


恥ずかしげもなくさらりと言うから、いつも照れてしまうのは私である。


***


「わー人いっぱい」
「夏祭りですからね」


少し人ごみが苦手な私だけど、今日はテツくんもいるし美味しいものもいっぱいあるし、全然頑張れる。
わたあめ、フランクフルト、りんごあめ、最初はどれにしようかなと頭を悩ませていると、ぐい、と手を引っ張られた。


「どこ行くの?」
「アレです」
「・・・ここまできてバニラシェイク買うの?」
「好きなんです」
「知ってるけど・・・ふふ、」


思わず笑ってしまったけど、テツくんは気にしていないようだ。
私もその隣にある屋台でりんごあめ買おう。
財布を出すために手を離そうとしたら、テツくんは眉を寄せて駄目ですと言った。え、なんで。


「はぐれたらどうするんですか。久遠さんはただでさえ危なっかしいのに」
「えーそんな子どもじゃないよ私!」
「駄目です。それに、りんごあめならボクが買います」
「え、それは悪いよ!」


断ろうとしたけど、結局テツくんがりんごあめとバニラシェイクを買ってきてくれた。
曰く、たまには男らしいこともさせてくださいだそうで。
私にとったら十分男の子なんだけど、彼にも変な意地というかプライドというか、そんな感じのものがあったのかなと思う。

りんごあめを受け取って、少しの間離れていた手を繋ぎなおす。
暑くないと言ったら嘘になるけど、ただ単に手を繋ぎたいのはテツくんも私も一緒だった。
バカップルですけどなにか。

りんごあめの美味しさとテツくんがいる嬉しさに酔いしれていると、誰かに大きくぶつかってしまった。
右手に感じていたぬくもりが離れる。
素早くぶつかった人にすみませんと謝って、テツくんを探す。
こんな人ごみの中、離れたのは数秒前なのに辺りを見渡してもテツくんの姿はなかった。


「うそー・・・」


もしかしなくても、はぐれた?
うんはぐれたよね完璧に。左手に持っているりんごあめが急に重たく感じた。

目立つ頭をしてるのに目立たないむしろ気づかれないテツくんを探すのは早々に諦めて、ケータイをまさぐる。便利な世の中になったもんだよね。
若干不安な気持ちを抱えながら電話をかけると、コンマ一秒でつながった。少しだけびっくりした。


『もしもし久遠さんどこですかどこにいるんですかげほっ』
「も、もしもしテツくん落ち着いて」
『落ち着いてられません誰か変な人に声かけられてないですか連れ去られてないですか』
「だ、大丈夫だからテツくんとにかく落ち着いて」
『ただでさえ可愛らしいのに浴衣なんか着てる今日は可愛さが引き立つんです今どこの屋台の近くにいますか』
「わたあめだよ」


こんな状況下だけど可愛いという言葉に過剰に反応してしまう私。
思わず緩む口元を引き結んで、りんごあめにかじりつく。
テツくんがいないだけで、こんなにも味が変わるものなのかな。


「っ久遠さん!」


愛しい声が聞こえて振り返ると、少し汗をかいたテツくんが今まさに私を抱き締めようと手を伸ばしていた。

大人しく、私を包み込む暖かさに身をゆだねる。
当たり前だけど、テツくんの匂いがした。うん、安心する。


「誘拐されなくてよかった・・・」
「大袈裟だよテツくん」
「久遠さんがいなかったら僕は生きていけません」
「・・・、もっと大袈裟だよ」


なんで、テツくんはそう、恥ずかしいセリフばかり。

今度こそ離れないようにと、きつく手を握る。

ひゅう、と音がして闇色の空に綺麗な花が咲いた。


「花火、綺麗だね」
「花火よりなにより、君の方が綺麗で可愛いです」
「王道のセリフだね」
「照れてる君を見るのは楽しいので」


久遠、と不意打ちで呼び捨てされてドキドキしながらテツくんを見る。
僅かに微笑んだ彼の顔が近づいてきて、私の唇に柔らかいものが重なった。


「・・・来年も再来年も、ずっと一緒に見に来ましょう」
「・・・うん」
「今度は絶対に離れないように」
「はーい」


かじりついたりんごあめは、さっきより何倍も美味しかった。

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