「っ、だからなんでサソリさんはいっつもいっつも!」
「うるせぇな、いらねーつってんだろ」


最近暁に入ったばかりの久遠は、食事が乗ったトレーを手に顔をしかめて一人の男の背中を睨んだ。
男――サソリは口は利いても一向に食事に手をつけようとはせず、傀儡ばかりをいじっている。

あたしが作ったやつは、食べてくれないのかな。

鬼鮫と交代で作っている夕食。
いつも鬼鮫のときはどうしているのか知らないが、サソリは一度も自分が作った飯に手をつけた記憶がない。全くない。
置いておいても次に覗きに来た時そのまま放置してあるし、怒っても当の本人はそ知らぬふりでしまいには出て行けと鋭い眼光で睨まれる。


「・・・食べないんですか」
「食べるわきゃねーだろそんなもん」
「っ、」


もう、ダメだ。
もう我慢の限界だ。
いつもいつも、良心で作ってきている飯をこうもけなされては、堪忍袋の尾が切れるというものだ。

久遠は持っていたトレーごとサソリに投げつけた。
驚いたように目を見開く彼に、一言。


「サソリさんのバカ!餓死して死んじゃえ!」
「な、おい!」


座っていたサソリが手を伸ばしてみても空を切るばかりで、足音荒く部屋を出ていった少女の背中を見送るしかなかった。


***


頭に血が上って、大変なことを言い逃げて来てしまった。

久遠はアジトから少し離れた木下で、膝を立ててそこに顔を埋めて座った。

サソリが悪いのだ。
いつもいつも、自分の作ったものを悪いように言ってくるから。

・・・でも、死ねは言い過ぎた、かも。

頭に血が上ると、すぐに口が悪くなるのは悪い癖。
しまいにはあの端正な顔にご飯をぶちまけてしまった。


「・・・抜けようかな、」


でないと殺される気がする。

今になって自分のしたことを悔やむ久遠。遅すぎる。
少なくとももうしばらくは戻れないな、とこみ上げる涙に気づかないフリをしながら座りなおす。


「・・・あーあ、」


呟いた言葉は震えていた。


「なんで、こうなっちゃうんだろ」


好き、なのにな。


「・・・そりゃおめー、オレに食事は必要ないからだよ」


聞こえるはずのない声が聞こえて、久遠は反射的に振り返った。
息一つ乱していないサソリが、機嫌悪そうに仁王立ちしている。

あ、終わった。

死を覚悟して目を瞑ったとき、久遠の体がなにかに包まれた。


「、え?」
「わる、かった」


視界に映るのは、先ほどとなんら代わり映えのない景色。
違うのは、目の前にサソリがいなくて。
誰かに、抱きしめられているということ。
視界のすみに捉えた赤い髪の毛に、久遠の涙腺は崩壊した。


「ごめっ、なさい・・・!」


死んじゃえなんて、うそです、ごめんなさい。

そう言いながら泣きじゃくる久遠の頭を撫で、サソリは小さく笑う。


「言ったら引かれると思って、言えなかったんだよ」
「? なにを、ですか」
「・・・オレは傀儡だから、食事は必要ねぇんだ」
「え」


久遠は瞠目してサソリを見つめた。
・・・確かに、抱きしめられたとき、少し硬い感触がしたのだ。

気まずそうに目を逸らすサソリに、久遠はそんなことだったんだ、と呟いた。


「だったら早く言ってくれたら作らなくてよかったのに・・・」
「・・・作らなかったら、オレの部屋に来ねぇだろ、お前」


どういう意味、と問う前に再度きつく抱きしめられる。

なんとなく分かった。
なにかきっかけがほしかったのは、久遠も同じだったからだ。


「これでも、・・・嬉しかったんだぜ?」


素直になれないのは、お互い様だってこと。

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