「久遠、帰んぞ」
「待って日誌書いてないからー」
「早くしろよ、オレは待たされんのが嫌いなんだよ」
「知ってるよ」


待たされるのが嫌いなら、別に待たなくてもいいのになと思いながらシャーペンを滑らせる。
綺麗とも汚いとも言えないあたしの丸っこい字を見ながら、サソリは前の机から椅子を引っ張って向かい合うようにして座った。

ふわり、と石鹸の匂いがする。
今日も我が幼馴染みはキマってるな。


「なに手間取ってんだ。たかが日誌だろーが」
「たかが日誌。されど日誌」
「意味わかんねぇよ」


放課後、部活に行く生徒達で廊下がにぎわう中、教室にはあたしとサソリと数名の生徒だけ。
オレンジに染まった空から光が漏れて、目の前に座るサソリの頬を照らした。
腕を組んでしかめっ面をしているサソリの頬が赤く染まって見えて、すごくアンバランスで思わず笑ってしまう。

サソリはますます顔をしかめてあたしを睨んだ。


「そんな怒んないで」
「早くしろよ」


シャーペンを動かす手を止めて、サソリの頬に手を伸ばす。
サソリは不思議そうに、でも反抗せずにされるがままであたしを見た。
紅の瞳に、嬉しそうに笑ったあたしが映る。


「ほっぺ。光が漏れたのがあたってる」
「あ?見えねぇ」
「鏡見る?」
「いらね」


しばらくサソリの頬を撫でていると、雲で隠れた太陽のせいで光が消えた。
少しだけ暗くなった教室には、誰もいなくなっている。

あたしもそろそろ、日誌を書かなきゃ。

こつんと、机の下でサソリの足とぶつかった。


「サソリのほっぺに光があたって、すごくアンバランスでした、と」
「それで笑ってたのか」
「うん」
「そんなもん今日の出来事の欄に書くんじゃねぇよ」


日誌を覗き込むサソリの額とあたしの額がぶつかる。
サソリを見れば、至近距離で目が合った。少し熱くなった頬は、気のせいだと思いたい。

サソリは少し笑いながら、消しゴムであたしの字を消した。


「・・・なんで全部消すのー」
「うるせぇ。早く書け」
「全部消したから最初っからになったじゃん」
「待っててやっから書けよ」


少しシャーぺンの跡が残る日誌は消しカスだらけになっていた。
もー、と文句を言いながらゆっくりゆっくり再度シャーペンを滑らせる。

急がなくても、きっと待っててくれるから。


「久遠」
「なにー」
「顔上げろ」
「ん、」


上げろ、だなんて言っておきながら自分であたしの顎を持ち上げたサソリの顔が近づいてくる。
視界がサソリでいっぱいになってしまう前に、あたしは目を閉じて唇に触れるぬくもりに身を委ねた。

ぽとりと音を立てて消しゴムが床に落ちる。
サソリはそれを拾って、またあたしの字を消した。


「あ、また」
「ほら、書きなおせ」
「・・・どーせまた消すんでしょー」
「いーだろべつに」


どーせ家も近ぇんだ、と不敵な笑みを見せたサソリに、まぁいっか、とあたしはまたシャーペンをゆっくり動かした。

太陽はもう、沈みかけていた。

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