デイダラは固まった。


「んー?」


足元に転がる"それ"を見て、珍しく困ったように頭を掻くサソリを見て、また"それ"を見た。


「む、だぁれ?」
「なっ、な・・・!」


"それ"を指差し、デイダラはまたサソリを見た。
サソリはバツが悪そうな顔をして、久遠だ、と小さく呟いた。


「なんで久遠が小さくなってんだよ!うん!納得できる理由を十文字以内で言え旦那ァ!!!」
「わめくなクソダラ!久遠が泣きそうだろが!」
「え、あ」


眉根を寄せ、目に涙をためている久遠を見たデイダラは慌てて久遠の頭を撫でた。
そして、我に返る。


「だからなんでこんなことになってん、」
「来い久遠、抱いてやる」
「わーいっ!さそりたんありまとっ」
「聞けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「っうるたぃ!」


ぺちん!

サソリの腕の中で乱暴にふった久遠の小さな手が、見事デイダラの額に命中する。
蚊に刺されたような感覚だった。
全然痛くねぇ。デイダラはしかめっ面で呟く。


「・・・試作品、飲ましたんだよ」
「さそりたんかみのけふわふわねー」
「冗談じゃねぇぞ、うん・・・」


抱いてみろ、なにやら意味深な笑顔でサソリに言われ、少なからず無関心ではなかったデイダラは、仕方ねぇなと言いながら内心ウキウキで久遠を受け取った。


「久遠、そいつはデイダラだ。呼んでみろ」
「でいだらたん?でいたん!」
「・・・っ!」


いつもと同じような屈託のない笑顔に、デイダラはハートを撃ち抜かれたような感覚に陥った。

落ち着けオレ、相手はチビでももとは"久遠"だ。

小さく首を傾げ、久遠はぎゅうっとデイダラの首に抱きつく。


「でいたん」
「っや、やべぇ旦那これ返す!」
「あ?ったく仕方ねぇな、オラ久遠来い」
「んーさそりた〜ん」


デイダラから久遠を受け取ったサソリは、どこかほっこりしていた。

・・・危なかった。デイダラはじゃれるふたりを見ながらため息をついた。
なんだあの魔性の愛くるしさは。殺人級の笑顔は。綺麗な肌にぽってりした頬は!!
危うく力加減を忘れてきつく抱きしめそうになった。


「なんだ、騒がしい・・・な・・・」


リビングの騒々しさに若干苛立っていたのか、イタチが顔を出した。
サソリの腕に抱かれる幼女を見て、デイダラ同様固まる。
普段のイタチでは考えられないくらいに目を見開き、イタチは久遠を凝視した。


「・・・サソリ、これは・・・」
「お前なら言わなくてもなんとなく分かってんだろ、イタチ」
「・・・旦那が試作品飲ましちまったんだってよ、うん」


久遠はイタチを見て、大きな瞳をまばたかせてこてんと首をかしげた。

ずきゅん。

何かが聞こえた。デイダラとサソリは顔を見合わせてイタチを見る。
いつもの読めない表情に戻ったイタチが無言でサソリに歩み寄る。


「サソリ、これを抱かせろ」
「って言いながらもう抱き上げてんじゃねぇか・・・」
「おにーたんもさそりたんのおなかま?おなまえはー?」
「・・・イタチだ」
「いたち?」
「ああ」
「かっこいいねー!」


そう言って笑いながら屈託のない笑顔を向けた久遠に、イタチはかつて己が弟に向けていたように微笑んだ。
イケメンの微笑みは幼子とはまた違う意味で殺人級だな、とデイダラは悔しいがそう思った。
幼いながらに頬を染める久遠に、何故かサソリとデイダラは不満げな顔だ。


「久遠はどこから来たんだ?」
「んーとね、わかんない!きづいたらさそりたんが久遠をみて、おめめぱっちりにしてたの!」
「・・・そうか、」


ぐっじょぶ。
そう言いたげな顔を向けてきたイタチに、サソリは複雑そうに頭を掻いた。


「っああああああああああああああ!!?」


リビングの出入り口から、聞きなれた叫び声がする。
振り返らなくても分かるそれに、三人は心中で舌打ちした。


「なっ、なんで久遠っ!?え、どーなってんだコレはよぉ!!?」
「静かにしろ飛段。バカっぽいぞ」
「これが静かにしてられっかよ角都ゥ!!久遠がちっちゃくなってるんだぜ!?」
「だから静かにしろ。耳に響く。ところでイタチ、オレにも抱かせろ」


ナチュラルに抱かせろと要望してきた角都に、イタチは少しだけ眉を動かした。


「・・・怪しげなマスクに抱かせたら、久遠が怖がるだろう」
「ただたんに放したくねーだけじゃねぇか、うん」
「ずっりぃぞイタチ!!オレにも抱かせろ!!!」
「お前はますます却下だ飛段。背中の鎌をなんとかしろ。まずはオレだ」


渋々、本当に嫌そうな顔をしながら、イタチは不思議そうにまばたきをする久遠を角都に手渡す。壊れ物を扱うような仕草に、サソリは心の中でほくそ笑んだ。


「・・・おじちゃん、なんでマスクしてるの?」
「花粉対策だ」
「てめーはさっきからナチュラルに嘘ついてんじゃねぇよ」


間髪いれずにサソリがつっこむ。角都はスルー。
傍で飛段がオレにも抱かせろとうるさいので、仕方なく久遠を飛段に手渡す。
ぐるぐると人から人の腕へと回される久遠は、疲れてきたのか小さくあくびをした。


「眠いのか?」


角都が尋ねる。
久遠は小さく頷いてもう一度あくびを漏らした。

トントン、と軽く背中を叩く飛段。
久遠は気持ちよさそうに飛段の首に顔を押し付けた。


「・・・(やっべぇ超可愛い・・・!!)」


ひとり悶える飛段に向けられるのは、嫉妬心こもった無数の瞳。
飛段は得意げに笑った。

なんとなく静かになったリビング。
それを破ったのは、青い鮫男だった。


「おや、みなさん集合して・・・どうしたん、」
「っきゃああああああああああああ!!」
「っおい久遠どうした!?うん!!」
「っあお、さめ!!さめこわい!!!」
「鬼鮫今すぐアジトから消えろさもなくば天照だ」
「心臓を取ってやるぞ」
「わぁぁぁぁぁぁんっ・・・!!」
「鬼鮫っ、てめぇ神の裁きが下るぞ!!」
「そんな理不尽な・・・!!」


泣き叫ぶ久遠に自身の耳を塞ぎながら、なにがどうなっているのか分からない鬼鮫はその場で右往左往する。
さすがの鬼鮫も対処しきれなかった。ていうか顔で泣かれたのは正直心が痛い。


「鬼鮫・・・」


厳かな低い声が、リビングに響く。
恐る恐る振り返ると、いつの間にか腕にしっかりと久遠を抱いたサソリが、禍々しいオーラを放ちながらたたずんでいた。


「・・・消えろ、今すぐ。オレのコレクションになりたくなければな・・・!」
「(理不尽すぎます・・・!!)」


泣く泣く(?)鬼鮫はその場から退場した。
S級忍者五人を相手にすれば、鬼人でさえおののく。
妙な連結に久遠はぐずぐず言いながら状況がわからないまま小さく拍手をおくった。

途端、和やかになる場の空気。鬼鮫がいたたまれない。


「さめたいじしてくれたの?」
「ああ。もうあの怖いのはいねぇ。安心して寝ろ」
「うん!!ありがと、さそりたん!みんなも!」


最高級の笑顔を見せた久遠に、みんなハートを撃ち抜かれる。

願わくば、あと少しだけ。
このピュアな久遠のままでいてほしい。

普段の変態な久遠を思い出し、五人は心中でひそかに願う。


同時に、普段の久遠が恋しくもあるのだった。

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