それはある日の夕方のことだった。
私はコードブレイカーとしてエデンからの命令でとある高校に潜入調査していた。
人と関わるのは苦手だけど、近づいてくる人を無視するのはもっと苦手な私は、ひとりでいるにはいるけど友達がいないわけではなかった。
なぜか、男の友達が多かった。
当たり前か、だってこの学校には私以外の女子は10人程度しかいないほぼ男子校。
「初めて君を見たときから、好きだったんだ」
当然、数少ない女子を魅力的に感じる男子もいるわけで。
どうしよう、この人には悪いけど私は存在しない者。
理由はそれだけじゃないけど、丁重にお断りしなくちゃ。
「・・・ごめんなさい。私、他に好きな人がいるんだ」
「え、」
「ごめんね。じゃあ、帰るね」
こんな時でも浮かぶのは、“にゃんまる”が大好きな彼の顔なんだ。
明日がバレンタインなんて、コードブレイカーにとってはなんてことない日なんだろうけど・・・
遊騎はバレンタインデーのこと知らないだろうな、
「久遠モテモテやん」
「わっ!遊騎!」
いつの間にか隣にいた遊騎に心臓が跳ねた。
・・・あれ、なんだろう。
いつも無表情な遊騎だけど、今日はなんか・・・
無表情の中にもどこか刺々しい雰囲気がある、気がする。
「遊騎?なにかあったの?」
「・・・なんもないし」
「・・・どうしたの?」
「・・・オレは久遠のこと好きやのに、久遠はオレだけのもんや思ってたのに、久遠はちゃうねんな」
「・・・え、」
「オレやっぱりエデン嫌いや」
「え、遊騎!?」
切なげに顔をくしゃっと歪めて、遊騎は音速でどこかに行ってしまった。
“久遠のこと好きやのに”
“久遠はオレだけのもんや思ってたのに”
“久遠はちゃうねんな”
・・・期待しても、いいよね。
とびきり苦いチョコをあげよう。
刻や零、将臣には溶けそうなくらい甘いやつでいっか。
今日は珍しくエデンからの任務も入ってない。
適当に包んだ小さな甘いチョコみっつと、それらより一回り大きなきれいにラッピングされた苦いチョコ。
・・・ちょっと差がありすぎたかな。
まぁいいよね。
一番に遊騎に渡そう。
あんな顔してほしくないもの、遊騎には笑っててほしい。
・・・チョコは苦いけど。
異能で遊騎の場所を探し当てると、私はすぐさま家を出た。
***
「遊騎!」
後ろから声をかければ、音の異能を持つ遊騎は私が来るのが分かっていたのか驚いた様子もなく振り返った。
私はカバンからチョコの包みを取り出して、遊騎に渡す。
「・・・?」
「バレンタインデー、だよ」
「ばれんたいんでー?なんや、それ」
「女の子が、大好きな男の子にとびきり苦いチョコをあげる日」
「久遠・・・」
遊騎は若干目を見開いて、私を見た。
私はにこりと笑う。
「・・・久遠やっぱ好きやし」
「え、わっ」
チョコの包みごと勢いよく抱きついてきた遊騎を女の私が受け止めきれるわけはない。
一緒に尻餅をついて、それから笑った。
「私も遊騎が一番大好き」
「オレも、にゃんまるより久遠が好きや」
そうだよ、遊騎は笑顔が似合う。
ずっとそうやって、笑っててほしいんだ。
願わくば、
おいしいって笑ってね
(そしてずっと隣にいて)