哀しい人だった。
彼は、飛び方を知らないんじゃないかと思う。
無論、私だって知らないけど、いつの日か一緒に飛ぼうと約束した。
ふたりなら飛べるよ、そう信じたあの日。
彼は地を這う蛇だった。蛇は飛べない。
私はただ彼についていくだけの、もはや蛇でもなんでもない。
人間ですらないのかもしれないけど、彼が大好きだった。
綺麗な彼の横顔とか、ふいに目を細めるところがとても。
「飛びたい、なぁ」
ぽつりと呟けば、それは闇に吸い込まれていった。
一本のロウソクがゆらゆらと揺れる。私の影も揺れる。
私の心も、揺れた。
「・・・入るぞ」
気配が無いのはいつものこと、それが忍のサスケと一般人の私との差であり、違い。
ちょうどよかった、ここは寒い。
空も見えないし、飛びたいと願ったところでもはやそれは無謀なこと。
無表情で無機質なサスケと目が合う。
サスケは若干微笑んだ、ように見えた。
気のせいか。
「・・・久遠、飛ぼう」
聞き間違いかと思った。
でも、彼は確かにそう言った。
サスケが私に嘘をついたことはない、だって彼の目を見れば分かる。
飛べるのか、とうとう。
「・・・大蛇丸を殺る。蛇から脱す時がきた」
「・・・飛べるの?やっと?」
「ああ」
「・・・サスケ、」
手を伸ばせば、手の届かないところにいたサスケは簡単に私の手を握ってそのまま抱き寄せた。
サスケの体温。温かい。
「・・・今まで不自由な思いをさせた」
「いいよ、それでもサスケと一緒がよかったもの」
「こんな辛気臭いところとはお別れだ」
「なるべく早くしてね、ずっと待ってるから」
「ああ」
もう一度体を離して、向き合う。
整った唇が近づいてきて、私は目を閉じた。
「・・・また後で来る」
ああそうだ、自信に満ち溢れた彼の表情も、好き。
私は頷いて、ロウソクの火を消した。
この扉が次に開くときは、きっと青い空を拝める。
飛び方は知らない
(けど、きっと飛べる)