そう、あれは"いつも通り"の一日の始まりだった。
いつからそれが"いつも通り"になったのかは知らねぇが、そいつがいて当たり前になった日々の、朝。
傀儡であるオレにとって朝食など必要ではない。が、なんとなくリビングに向かった足。それはきっと、あいつがいるだろうと思ったから。


「あ、サソリさん!!!」
「・・・朝からうるせぇな」
「サソリさんは朝から酷いですねでもそんなところも大好きです踏んでくださ、ごめんなさい黙ります」


オレは手に出した注射器を懐にしまった。
常備しておかないと、果てしなくウザい久遠はこれを出すまで静かにならない。
・・・まぁ、こんなやり取りも億劫に感じることはなく、逆に心地良ささえ感じてしまうオレも、そろそろ末期なのかもしれない。


「サソリさんも食べますか?久遠ちゃん特性ベーコンエッグパン!」
「食パンにベーコンエッグのせただけじゃねぇか。なにが特性だ」
「お風呂?ご飯?それともあ・た・し?」
「死ね」


噛みあってねぇ会話をしながら、オレは久遠が座る椅子の向かい側に座った。
久遠は嬉しそうに笑う。こいつはいつでも笑顔だ。


「ふぁふぉひはんひふぃられふぁふぁふぁはへるはんへ」
「それは人外のものの言葉か」
「っん、サソリさんに見られながら食べるなんて!熱視線で溶けちゃいます」
「オレがいつ誰に熱視線なんか送ってんだよクソが」
「いやん照れないでください!かもん!」
「突っ込みきれねぇ」


ああ、いい。

なにがいいのかは分からない。
もしオレが、オレ達が久遠の言う異世界の人間だとしたら。

そう考えてやめた。
平和なんて、忍が望むもんじゃねぇ。

だけど、


***


だけど、少しくらい。


「な、んで・・・サソリさ、・・・」
「・・・さぁな、んなの知るか」


チヨバアが最後の力を振り絞って繰り出した攻撃、オレは見えていた。
こいつ、久遠も、きっと見えていた。いや、知っていたのほうが正しいか。

オレの核の部分を貫く刃。
痛みは感じない、ただ段々と意識がなくなっていくだけ。

このオレを倒した褒美にくれてやった情報を手にした小娘達は、今頃仲間と合流しているのだろうか。
本当に、オレもくだらないことをした。だが、それに後悔はない。


「・・・や、いやです、サソリさっ、サソリさん・・・!」


オレを庇おうとして動いたこいつを、突き飛ばしたオレの行動にも、後悔は、していない。
いつからか、わかっていた。ああ、オレは、死ぬのだ、と。
死にゆくオレを見ながら、ああ、こいつは、久遠は、涙を流すのだ、と。

オレの頭部を膝に置き、イヤだイヤだを首を振る久遠は、駄々をこねる子どものように幼い。同時に、愛おしかった。

今まで作ったどんな傀儡よりなにより、生きてきたうちでは半分にも満たない日々をともに過ごした久遠が、一番、愛おしい。


「は、だから・・・泣いてんじゃねぇ、っつったろ・・・」


後から後から流れ出てくる涙が、オレの頬を伝って落ちる。
これじゃまるで、オレも泣いてるみてぇじゃねぇか。オレは泣いてねぇ。

愛おしいと思えるこいつを守れたんだ、泣くわけがねぇ。


「笑ってろ。ずっと、苦しくても、オレ達が、・・・オレが、好きなその笑顔、で、」
「・・・っ、く、・・・っひ・・・ぃ、サソリ、さんっ・・・!!」


また会える。そうさ、また会える。
今度は、こんな残酷な忍の世界じゃねぇ、もっと平和などこかで。
会いにいってやるよ、くだらねぇ会話をするために。
お前が、笑っていられるように。オレが好きな、その笑顔を見るために。

動かなくなった四肢じゃあ、もうお前の涙は拭ってやれねぇけど、


「・・・な、」
「え、?」
「・・・また、な・・・」


今度はお前が泣かねぇように、傍にいてやるから。

サソリさん。

闇に溶けていく意識の中、泣き笑いのブサイクな久遠の面が見えた。
オレは、少しだけ笑った。


***


だけど、少しくらい。


「・・・おい」
「はい!なんでしょう?」
「お前のいた世界って、ここより平和なのか?」
「え?んー、まぁ、100%平和とは言えないですけど・・・ここよりかは平和ですね!」
「・・・そうか」


少しくらい、平和な世界を思ってもいいじゃねぇか。
こんな皮肉な運命、嘲笑ってやれるような世界で、こいつと過ごせたらいい。なんて思ってしまうオレがいることを、この世界は笑うだろうか。


「サソリさん、あーん」
「誰がするか」
「えー!!」
「黙れうるせぇ」






世界が終わる、音がした。

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