「おいコラお前ら、
こりゃ一体どういうこった」


名前が去ってしまった後、
俺は牛頭と氷麗の姉さんに正座させ
鋭い目つきで2人に問う。


「お前も名前も、
早とちりなんだよ…ったく」

「あうう〜、名前ー!」

「牛頭、早とちりって
どういうこった」



泣きそうになっている
姉さんをよそに、
俺は牛頭に尋ねる。

すると牛頭はアレ、と
畳に転がっている
書物を指差した。


「…アレが、なんだ」

「アレがな、落ちてきたんだ
雪んこの頭めがけて」



牛頭によると、こうだ。

2人で書物の片付けをしていた時、
上の棚にあった書物が崩れて
氷麗の姉さんの後頭部めがけて
落ちてきたらしい。
それからかばおうとして
覆い被さったところ、
たまたまあの形になってしまった、
ということだった。


「ほら、証拠」

そう言って牛頭は
自分の後頭部を指差し、
俺に見せてきた。
たしかに腫れてる、
というかすこし血が
にじんでいる。

「雪ん子、テメーがとろいせいで
名前に誤解されちまったじゃねーか
どうしてくれんだ」

「猩影くんー!
名前を傷つけてしまいましたぁ!
うわーん!雪女、一生の
不覚ですぅー!うわーん!」

「おい!無視か!」

「私、名前を
探しにいきますぅ!」


ビュンッと部屋を出て行く氷麗。
姉さん、名前はそっちに
行ってない、逆だぞ。
牛頭は、ため息をついて
頭をガシガシかいていた。
おいおい、今することは
そんなことじゃないだろ。


「ま…とりあえず、
謝ってきたらどうだ。
誤解なんだから、名前だって
話せばわかってくれるだろ」


「…ん、あぁ。」

「…名前、泣いてたぞ」

「…」

「…っテメーが行かねーなら
俺がいくわ!
黙ってみとけ意気地なし」



意気地がないのか
意地を張っているのか。
一向に動こうとしない牛頭に
腹がたってきて。
なんで名前はこんな奴が
好きなんだろうとか、
なんでこいつなんかが
名前と付き合ってるんだろうとか、
いろいろな思いが
俺の心に蓄積されていく。
俺の方が、名前を
守っていけるのに。
不安になんかさせないのに。

初めは名前と牛頭を
からかうためだったのに、
いつの間にか俺は本当に
名前に惚れていたようだ。


こんな奴に、名前をやれない。

名前を――奪いたい。

一度感じてしまった
その感情を抑えるのは
実に難しい。
奪いたいという感情に支配され
その他一切のことが
頭の中に入らない。
俺は夢中で名前を探した。


一部屋一部屋、
襖をあけて調べる。
ここにもいない。
ここにもいない。


最奥の部屋から
なにやら鼻をすする音が
聞こえてくる。
そこに、名前がいると
確信した俺は
勢いよく襖をあけ、
そしてゆっくりと閉めた。


「名前」

「あ…猩影くん」

「大丈夫か?」

「う、うん!ビックリしちゃって…
でも多分なんか訳ありなんだよ!
だから大丈夫、ありがとね」


ニコリと力なく、
両目に涙を浮かべて
微笑む名前。

名前は、牛頭を
信じているんだ。
なんて健気なんだろう。

俺も、想われたい。
牛頭が、羨ましい。
悔しい。苦しい。寂しい―。



「ちょ…猩影く…んんん!」


気づいた時には、
俺は名前に自分の唇を
重ねていた。
抵抗する名前を
力で押さえつける。
愛おしくてたまらない。
だが名前は笑顔にならない。
先ほどよりも涙を流し、
唸って抵抗してくる。
やっぱり、俺じゃダメなのか。
牛頭じゃなきゃ、ダメなのか…?

どうしても、どうしても
名前が欲しくて。
もうそれしか考えられなくて、
名前の気持ちなど無視する。

唇を話すと、はぁはぁと
息切れをしている名前の
首筋に顔をうずめた。

「名前…、俺のもんになれよ」

「はぁ…はぁ…、
猩影くん、なんでこんなこと…っ」

「好きだからだろ」


そう言って、俺は名前の
首を甘噛みした。

「…っ、やだ!やめて!」

「やめねーよ」

「牛頭ぅぅぅーーっ!!!」

名前が、牛頭の名を叫ぶ。
だが、足音すら聞こえない。
あいつは、こない。
意気地なしだから。
そう思った。


「あいつは意気地なしだから、
こねーよ」

「あ?誰が意気地なしだって?」


バッと声のした方を振り向くと
そこには窓。
窓の縁に、牛頭がいる。
どうやってのぼってきたのやら。
肩が上下に激しく揺れていることから
名前を走り回って
探していたのだと予測できた。


「名前を離せ猩影」

「…んだよ、くんのおせーなー!
こないかと思ったわ!」

「は?」

「敵を欺くには味方から、
って言うだろ?」

よくわからない、といった顔で
2人は俺をみる。
視線が刺さり、痛い。

「だーかーらー!
牛頭がこねーから
名前を襲ったふりして
助けにこさせる魂胆だよ!
うまくいったわー!」


ケラケラ笑う俺。
なんだ俺。
ここまでしといて
痛い言い訳だな。

「だ、だからって
キスしなくても…!!」

「お、お前キスしたんか!」

牛頭と名前は、俺を
信じられないという目で
見てくる。
信じなくていいさ、
事実じゃないもの。

「いやぁ、ノリでノリで!
すまん!忘れろよ!
じゃ、あとはごゆっくり!」


そう言って、俺は部屋からでた。


名前が、欲しかった。
けど、できなかったんだ。
俺じゃ、名前を守れない。
笑顔さえ作ってやれない俺より、
信じてもらえている牛頭のほうが
よっぽどいい男だ。



「あーあ…」



















君の唇を奪った日
―心は、奪えなかった。




















「あぁっ!猩影くん!
名前見つかりました!?」

「…あー、姉さん。
今は行かない方が
いいかもしれんです。」

「…もしかして、
修羅場だったり?」

「俺のせいでね」

「え?」












***


猩ー影ーくーん!
失恋しました猩影くん!
リアルを、
突きつけられましたね。

好きな人には
嫌われたくなくて
いい人ぶっちゃう。
ごまかしちゃう。
よくありますよね。

失恋は痛いですね。
この話かいててすこし
悲しくなったとんまでした。