君と私は同じだね。

隣に座る女はそう言った。その顔はとても穏やかで、とても嬉しそうだった。学校の裏庭でよく会う女。名前も、クラスも知らない。わかるのは同学年ってことだけ。指定靴のラインの色が同じだったから。いつの間にか打ち解けていた。悪人面と恐れられる俺の顔を見ても動じず、どこまでも自然に接してくる。怖いものなんてないみたいな顔して。だからだろう、俺がこいつに心を許し呪いのことを口走ってしまったのは。

女はそっか、と言った。俺の言ったことを信じているのかどうかはわからない。変わらずあの表情でじっと足元を見つめる。視線を追いかけるとそこには花が咲いていた。青みたいな、紫みたいな、その中間色。とても小さくて儚いその花に、2人で目を奪われていた。女が何を考えていたのかなんてわからない。ただ花をじっと見つめた。


「君と私は同じだね。」

「何がだよ。」

「実はね、私も呪いかけられてたりするんだ!」


その言葉にはっと驚き、急いで誰に呪いをかけられたのか尋ねた。女は、わかんない、とケラケラ笑う。笑いごとじゃない。一体何の呪いだというんだ。俺のような立場の者ならまだしも、一般人にかけられた呪いなんて、ほとんど聞いたことがない。というか呪いをかけられている者がいるということがそもそも珍しいというのに。


「私の呪いは生まれつきだよ。もう解けないの!望みがない!でも諦めない!」

「なんなんだお前は…。」

「ははは!まあそう険しい顔しないで!」


よいしょと声を漏らし、女は立ち上がるとさっきの花の前にしゃがみ込んだ。そしてそれを優しく引き抜くと土の付いた根が見えた。今度は俺の前にしゃがみ込むとその花を二人の目線の間に置く。


「この花、勿忘草っていうんだよ。」

「わすれなぐさ…。」

「ドイツの伝説でね、騎士ルドルフっていう人がドナウ川の岸に咲くこの花を恋人のベルタに贈ろうとして川に落っこちて死んじゃったっていう話があるんだ。」

「…どうなったんだ、残された恋人は。」

「ベルタはね、勿忘草の花言葉を忘れないでこの花を一生髪に飾り続けたんだって。」

「勿忘草の花言葉…?」

「…その花と花言葉を君に授けよう!」

「はあ?」

「じゃ、私はそろそろ行くよ。…望みがあるうちは絶対諦めちゃだめだよ、竜二くん!」


なんで名前知ってんるだ、そう尋ねる暇もなくあいつは走っていってしまった。裏庭に残された俺と、手中にある勿忘草。どうすることもできずに持って帰った。綺麗に根から抜かれた勿忘草は、土に植えてやればまた元気に咲くだろう。しかし庭の片隅に植えてやった勿忘草は、なんだかさっきよりも元気がなかった。

翌日も、その翌日も、あの女は裏庭へは来なかった。校内でも見かけない。学校に来ていないのだろうか。数少ない友人にダメもとであいつのことを聞いてみると、友人はあいつのクラスと名前を知っていたようで、俺に教えてくれた。なまえ。それがあいつの名前。今度はなまえのクラスを訪ねてそこらにいた適当な男に話を聞く。


「ああ…。なまえ、この前から入院してな…」

「入院?体調でも崩したのか。」

「詳しく知らねーけど、もともと体が弱かったらしい。…で昨日…っておーい!?」


話の途中だがある場所へ向かって俺は駆け出した。階段を駆け上り、一番端の教室、図書室へ入る。手に取った一冊の本は、ひどく古ぼけていた。勿忘草の花言葉。開いたページに記されていたその言葉。


―私を忘れないで。

―真実の愛。


なまえは俺に勿忘草と、勿忘草の花言葉をくれた。辞書に載っている2つの花言葉、どちらを贈ってくれたのかはわからない。勝手な思い込みだが、2つとも贈ってくれたのかもしれない。いずれにせよ、俺はなまえに会いに行かなければならない。会いたいと、この胸がそう言っているのだから。しかしそれは叶わなかった。俺の後を追いかけてきた、さっきの男。最後まで話を聞けと一言言ったあと、一番耳に入れたくない言葉がこいつの口から発せられた。


「…昨日、亡くなったそうだ。病院で。」





なまえの教室の前を通る度に、なまえの机の上には勿忘草でなく、菊や彼岸花といった花が置いてある。時が経ったら机も寄せられて、きっと皆の記憶の中からなまえの存在がそっと消えていくんだろう。だが俺は忘れない。


それはなまえから贈られた言葉だったから。何よりもなまえが好きだったから。




***


久々に短編更新です!暗い…orz 花言葉ってなぜか好きです。



忘れないでほしい。あなたにだけは。
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