意識はあるのに瞼が開かない。まどろみの中でゆらゆらと心地よく揺られていると何やら騒がしい音が聞こえてきた。それでも私の重い瞼は開こうとしない。腹のあたりに鈍い重みがかかったが、それでも頑固な瞼は開かない。おい、起きろ。聞きなれた声が耳元でそう囁いた。声の主があまりにも意外な人物だったから、私の瞼はその声に反応してか、ゆっくりうっすらと開いていく。開いた隙間から入り込む朝の光が異常に眩しい。


「やっと起きたか。」

「…寝起きに悪人面…。」

「何か言ったか。なまえ、お前俺が稽古見てやるっつーのに寝坊とはいい度胸だな。」

「…大変だ竜二さん、瞼がこれ以上開かない。」

「両手使ってこじ開けろ。白目むくまでこじ開けろ。」

「大変だ竜二さん、体がだるくて両手が動かない。」

「んなもん気のせいだ。」


竜二さんが懐から言言を取り出したけど、今日はなぜだかそれに反応する元気が出ない。いつもなら恐ろしすぎて這ってでも逃げ出すというのに。どうしてしまったんだろう私の体。瞼が重くて体中がだるい。おまけに背中は汗でぐちょぐちょになっている。そういえば私昨日、稽古中に言言に追われて池ポチャしたんだった。その後すぐに着替えればよかったものを、ちんたらと片付けをしていたから風邪をひいてしまったに違いない。竜二さんも言言を見ても逃げ出さない私に違和感を感じたのか口をへの字にさせて言言を懐に収めた。


「風邪でもひいたか。ったく、貧弱な野郎だ。」

「野郎じゃないです。昨日、言言に追われて池に落ちたからこうなったんです。」

「俺のせいだと言いたいのかなまえ。」

「はい。その通りです。」


ちっ、と軽く舌打ちするのが聞こえる。きっと竜二さん、怖い顔をさらに怖くして私を睨んでいるに違いない。それから目を逸らすように瞼を再び閉じると、瞬間、ふわりと竜二さんの香りが鼻孔をかすめた。というか顔の上に何かが乗っかってて息が若干苦しいんですけど。鼻孔をかすめたとかいうレベルじゃなくてもうもろに竜二さん臭がするんですけど。そんなことを考えていたら額にかかった髪があげられ、おでこに温かくてほんの少しだけゴツゴツしたものが宛がわれた。


「竜二さん、何してるの。」

「熱があるか調べてるんだ。それくらい察しろ。」

「ちょ、顔に袖がかかって苦しいんですが。」

「ちっ、結構熱ありそうだな。」

「聞いてる?聞いてますか竜二さん。私苦しいです。」


私の話なんかこれっぽっちも聞いていない竜二さんはため息をつきながら部屋を出て行った。病人を見捨てるなんてひどい。鬼畜な人だとは思っていたけれど、まさかここまでとは。1人で悲しい気分にひたっていると、しばらくして廊下からドタドタと足音が聞こえてきた。足音は私の部屋の前で止まって、勢いよく襖が開いたと思うとそこには桶を片手に持ち反対の手には何やら色々と詰まっている袋をぶら下げた竜二さんが立っていた。どうやら襖は足で開けたらしい。お行儀が悪いったらありゃしないんだから。


「なんですかその荷物。ついに家出ですか。」

「んなわけねーだろうが。殺すぞ。テメーの熱冷ましやらなんやらだ。」

「もしかして看病してくれるんですか?」

「…一通りやったら俺は修行に行くからな。」

「わーい、竜二さんが優しいー。」


私の枕元に水桶を置くと、その隣に竜二さんも腰を降ろした。水桶の中の真っ新なタオルを絞り、私の顔に宛がう。火照った頬に引っ付けられたそれは、ひんやりしていてとても気持ちがいい。少し乱暴だったが、竜二さんは顔中の汗を拭き取ってくれた。ぬるくなったタオルをもう一度水につけ、絞ると今度は綺麗にたたんで私の額に乗せた。着替えも持ってきてくれていたようだが、さすがにそれはしてもらえないので竜二さんが修行に行ったら自分で何とかすることにした。何度かタオルを絞りなおすと大分呼吸も整ってきて、さっきよりもラクになった気がする。けれど竜二さんの持ってきた体温計で体温を測ったら38℃だって。今日はひたすら苦しんどけ、と一言吐くと、竜二さんは急に立ち上がった。


「どこ行くんですか。」

「一通りしたら修行に行くって言っただろ。」

「えー。」

「もうお前に施してやることは何もない。」

「病気してるときって異常に寂しくなるんですよー。」

「添い寝でもしてやろうか。」

「それは遠慮しときます。けど、」

「?」

「できれば此処にいてほしいです。」


病気のときは甘えたくなる。例えその相手が竜二さんであろうとも。というか竜二さんだから甘えたいっていうか、ああ何考えてんだろ私。病気は人をおかしくさせる。体も、心も。今日の竜二さんがいつもより少しだけ優しくて、錯覚を起こしているだけだと思うんだけど。だとしたらこの胸の高鳴りはどう説明したらよいのか、よくわからない。


「仕方ねえな。」


そう言ってもう一度腰を降ろす竜二さんの顔が一瞬だけ、笑った気がした。布団からはみ出した私の手を布団の中へ優しく戻す。布団の中で、竜二さんは私の小指を少しだけ、触れるか触れないかってくらいだったけれど触っていてくれたことにはなにもコメントしなかった。だって私も恥ずかしかったから。


「今日みたいに優しい竜二さんのほうがきっとモテるよ。」

「余計なお世話だ病人。」

「あー、でも怖い竜二さんでいてね。モテられたら困る。」

「…どういう意味だそれは。」

「…やばい、熱あがってきた。寝る。おやすみ。」

「話を逸らすな仮病人。」




竜二となまえが素直になるのはもう少し先のお話。










***


竜二がきてます。やばいです。どうしよう。こんな優しい竜二、竜二じゃないけどどうしよう。
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