足元が冷たい。裸足で縁側の淵を歩くと今まで降っていた雨が少しかかったのか霧吹きしたみたいに床が濡れていた。まだ雲が晴れる様子はなくてでもまた降り出す様子も見られなかった。


「また泣いてんのか」


縁側の柱に腰掛けている女に話しかけたのだが彼女はこちらを見ようともせずただ無言で膝に顔をうずめる。彼女は鴉の妖怪。黒い翼に対照的な白い肌が隙間から少しだけ見えた。膝の上で組んでいる腕からちょこんと目だけだすとその瞳は既に赤みはひいていたがいまだに潤んでいた。


「まーた孔雀のばばあにいじめられたんだろ。それか鷺とか。」

「…白鳥。」

「今度は何言われたんだよ。」

「アンタの羽は真っ黒で汚いわね、って。」


こいつはよく嫌味を言われる質で、よくここで涙を流している。そのたびに俺はここに来て何をするでもなく、ただ傍にいる。親鳥に捨てられ、食べるものがなく満足に栄養が行き渡らなかったせいか羽は本家の鴉に比べるとかなり小さい。毛並にもハリがなく、どちらかというとふわふわしている。この間はそんな理由で他の鴉に嫌味を言われたとかで泣いていた。俺が、お前の羽のほうがさわり心地がいいって言ったら「ありがとう」って言って微笑んだ。涙を流して微笑んだ。


「鴉ってね、昔は真っ白だったんだよ。」

「嘘だろ。」

「嘘じゃないよ。って言っても昔話だけど。」


大昔、この世に存在したありとあらゆる生物は皆白かった。そこで、体を染める染体屋が出来たそうな。それぞれ体を赤にしたり黄にしたり縞模様にしてみたり。そんな中欲張った鴉はそこらにある顔料をすべて混ぜた。すると真っ黒な体になってしまったという。


「それ、絶対絵本だろ」

「うん。でもなぜか鴉っていつも汚れ役だよね。」

「それは仕方ねえんじゃねえか。世間一般的には黒って悪のイメージあんだろ。そんなら、本家の鴉だって同じじゃねーか。」


あの人たちは私とは違うよ、とそれを否定すると埋めていた顔をすべて出して目線を空へ向けた。つられて俺も空を見る。


「わぁ、虹だ。綺麗ー…。」


いつの間にか雲が切れていてその隙間から光が差し込み凄く近くに虹が出現していた。それを見て感嘆の声をあげる彼女に俺はそっと視線を移した。すると彼女も俺を見て、悔しそうに笑った。


「私の羽もあのくらい綺麗ならいいのに。」

「お前はあれが綺麗に見えんのか。」


俺がそういうと、彼女は不思議そうな顔をした。俺はどうも虹みたいな派手なもんは苦手だ。綺麗だと思えないしごちゃごちゃしていてうっとおしい。そう伝えると、変わってるね、でも牛頭らしい。そう言われた。


「なぁ、虹の七色、全部混ぜると何色なるか知ってっか?」

「…何色?」

「黒。」


聞いた話だし、実際虹を混ぜ合わせた事なんてないから本当かどうかはわからないけど。でもコイツがさっき言った昔話でもいろんな色を混ぜて黒くなったって言ってたし、大方間違ってはいないだろう。


「まあそれは顔料とか、人工的な色に限りだけどな。光の色ってのは混ぜると白くなるらしいぜ。」

「なんだか難しい話だね。」

「要するに、価値観とか見方の問題なんじゃねえの。お前の羽を嫌う奴もいれば心地いいと思う奴もいるし黒を汚ねえと言う奴もいれば虹を汚ねえと言う奴もいる。」

「後者は全部牛頭だね。」


うるせーよ、と言って彼女から目を離す。虹は先ほどよりも薄くなっていてあと数分もすれば消えてしまうだろう。虹は好きじゃないから名残惜しさなど感じない。まぁ、でも。


「虹を混ぜた色は好きだけどな。」

「結局、牛頭は私が好きなんでしょ。」

「うるせえ、ばか。」


ありがとう。虹の消えたころに彼女はもう一度涙を流してにっこりと笑い、そう言った。















いつだって泣き笑い
―そうやってまた俺を夢中にさせる。













***


企画『青の箱庭』さまへ提出


参加させていただき
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