生暖かい風にのって春独特の香りが舞う。ああ、またこの季節が巡ってきた。目の前は見慣れた庭。縁側に座り柱に腰掛け、心地よい太陽の光の下でゆっくりと時間が流れるのを感じる。春のにおいは好きだ。爽やか、でもないし甘い、わけでもない。感覚的な表現より、感情的な表現のほうが俺はしっくりくると思う。春のにおいは、切ない。『出会いと別れの季節』とよく言うじゃないか。俺自身、別れを惜しむような性分じゃないからそのせいではないと思うのだがなぜかこのにおいを嗅ぐと胸がきつく締め付けられる。珍しく、俺は感傷に浸る。原因がわからない切なさをどうにか振り払いたい。でも心地よい春風がそれを許さない。どんどんどんどん落ちていく。原因不明の感情に心が、侵されていく。
遠くで、鼻歌が聞こえる。曲は、鼻歌の主のお気に入りの歌だ。その音色が更に俺を切ない感情へと導き、呼吸困難になるのではと思うほどに苦しくなる。
歌の音が、大きくなる。きっと、あいつが近づいてきている。
ああ早く、もっと早く―。
「牛頭?」
「…なんだよ」
「わっ 起きてた」
鼻歌の主、なまえは俺の隣に腰をおろす。その瞬間にさっきまでの切なさと息苦しさはどこかへ行ってしまい、俺となまえ、2人きり。
「春はね」
「あ?」
「出会いと別れの季節なんだよ」
「常識だろ」
「えっ 牛頭の口から常識なんて言葉出ると思わなかった」
「犯すぞテメー」
このやりとりは、いつまで続くのだろうか。いつまで、というのは今現在の話ではない。この先何年後までこうしてなまえと他愛もない会話で繋がっていられるのだろうか。妖怪の俺と、人間のなまえ。その寿命の差は歴然である。
それを思うとまた切なさに襲われた。そうか、俺はなまえとの別れが不安でならないのだ。我ながら、情けない。誰かにこんな感情を寄せるようになるなんて、数年前までは考えもしなかったから。
「俺とお前、あと何回一緒に春を過ごせるんだろうな。」
「…いきなり悲しいこと言わないでよ。私まだそんな歳じゃないなんだけど」
「いや、まじで。何回くらいなんかな」
「んー、わかんないなあ。でもさー…」
ふわり、となまえが俺の肩に頭を寄せる。
「少なくとも今年の春は一緒にいられるんだから。今を生きようよ牛頭さん」
「…ばーか」
期待通り、あてにならない返答をしたなまえに安堵感をおぼえる。
俺は、肩にのるなまえの頭に自分のそれをのせ、目を瞑る。
そして、祈った。
少しでも多くの春をなまえと生きていけますように。
春は暖かく冷たい―次の春は、どうだろう
切なさが悲しみに変わるとき、その時お前はいないだろう。
でも今は。
今は隣で温かさを感じられるから。切なさも、愛しく思う。
***
春です。切ないです。
私は、春になると
切ない気持ちになります!
懐かしいような、
寂しいような、
独りになりたいような、
いろんな感情が混ざって
胸が苦しくなります。
牛頭にも、その感情を
味わってもらいました!←
妖怪と人間の寿命の差。
なによりも越えられない
壁だと私は思います。