3ヵ月前のある日。天気が良いな、と家をでた。じゃり道を歩いてみたり商店街を抜けてみたり高い建物の屋上に登ってみたり。そんな何気ないいつもの散歩コースを俺は歩く。その日はいつにもまして天気が良かった。故にいつもと同じコースでは何か物足りなさを感じる。たまには他の道をいこうかと適当に歩き進んでいく。いつの間にか目の前に大きな建物があって、衝動的に登りたくなった。もちろん木登りのように登るのではなく、きちんと中に入り、エレベーターを使う。建物の中に入るとたくさんの人がいた。老若男女問わず、たくさんの人がいた。彼らに共通していたのは、皆寝間着をきていたこと。どうやらそこは病院のようだった。もちろんそれらに構うことなく俺はエレベーターを使い屋上に向かう。階表示ランプの進むスピードが遅く、もどかしくなる。エレベーターは、俺が押したはずの16階でなくちょうど半分の8階でとまった。ドアが開くと目の前には1人の少女。彼女もまた寝間着を着ていてこの病院の入院患者なのだと一目でわかる。ぱっと見、16、7くらいだろうか。

彼女が乗れるように『開』のボタンを押し、少し端による。少女はありがとう、と可愛らしく微笑み、エレベーターに乗り込んだ。

彼女はボタンを押さない。俺が押した16階のランプが光っていることを確かめるようにみていたことから、彼女も16階、つまり屋上へ行くつもりなんだろう。さっきまでもどかしかった遅いエレベーターが、なんだか速くなった気がした。

エレベーターが止まるとそこは16階で、俺は目的地である屋上にたどり着いた。

扉の前にいた彼女は俺より先に降りる。

柵の近くまでいくと、彼女はこちらを振り向く。そしてニコっと笑った。


「ねえ!あなた人間じゃないでしょう」


人間のくせに妙な質問をしてくるもんだから、一瞬躊躇う。


「…だったらどうすんだよ」

「いやぁ、あたしにもとうとうお迎えがきたかな!って」


アハハ、と先ほどの可愛らしい微笑みとはまた違う、無邪気な笑みが彼女の顔いっぱいに広がる。

こいつは頭の病気か?と些か失礼なことを考えたがいくら毒舌な俺でも初対面でそれは言ってはまずいと思い、抑える。


「ねえねえ!何者!?死神?悪魔?天使?」


どうやら彼女の選択肢に妖怪という項目はないらしい。


「…俺は妖怪だ」

「妖怪?」

俺はそこから見える捻目山を指差し、そこに住まう妖怪だと教えてやった。


それから彼女と少しの間たわいもない会話をした。初対面なのに、話したいことがたくさんできた。心が弾んだ。


「よし、部屋に戻ろっかな」

「気をつけていけよ」

「うん、ありがとう。」

彼女はエレベーターの或る方へ向かって歩く。扉の前で彼女は止まった。


「ところで、妖怪さんの名前は?」

「…牛頭丸」

「牛頭丸か、じゃあ牛頭だね!気が向いたらまたきてよ!」

「お前はなんつー名前だ」

「809号室!なまえであります!」


なまえは敬礼をする。ビシッと効果音がつきそうだ。

なんだか、おもしろいものを見つけた気がした。玩具を与えられた子供のように俺の心は弾んだ。

それからは毎日と言っていいほどなまえの元へ通った。なまえの病室は個室で、あまり人がこない部屋だった。時々、看護婦のばばあたちが食事を運んでくるくらいだ。


「あら、なまえちゃんその人彼氏?」

「はい!そうです!」

「お、おい!違う!」


来る奴みんな同じことを聞いていく。なまえはよく恋人に間違われ、それに照れる俺をからかうのが趣味になっていた。でもそれを不快には感じない。むしろ嬉しくて。俺のことでなまえが笑顔になるのは心地よかった。


俺たちは病室だけでなく屋上にもよく足を運んだ。なまえは外が好きだという。だからなんとなく、俺も外に出るのが好きになった。

2ヶ月前のある日、屋上で話をしているときなまえは俺に尋ねてきた。


「死んだら、私はどうなっちゃうのかな」

「さあな、天国にでもいくんじゃねえのか」

「牛頭はきっと地獄行きだね」

「なんだとコラ」


いつものごとく、あははと笑うなまえ。でもその笑顔はどことなく寂しそうで。今にも消えてしまいそうな笑顔だった。


1ヶ月と半月前。なまえは外に出なくなった。俺も無理に誘ったりはしなかったが、ふとした瞬間に病室から見える屋上を
見上げる俺をみてなまえは「ごめんね」と一言謝る。なまえは本当は外に出たいんだ。でも、できなかった。俺にもわかった、なまえはもう自由に動き回れなくなっていることを。何も言えなかったが、そんなとき少しでもなまえの気持ちをラクにしてやりたくて、艶のある綺麗ななまえの髪を撫でてやる。目を細めて気持ちよさそうにするなまえを猫みたいだな、なんて
思いながら。


1ヶ月前には、なまえはベッドからでられなくなっていた。


「ねえ牛頭ー…」

「どうした」

「妖怪ってどうやったらなれるのかな」

「妖怪はなぁ、とんでもねえ怨み持ってるとか誰かを死ぬほど憎んでるとか、そういう奴がなるんだよ」

「牛頭もそうやって妖怪になったの?」

「俺はもともと妖怪だった」

「なんかよくわかんないねー」


なまえはふぅ、とため息をつく。その吐息からもなまえの生命力が抜けていっている気がして、一つの呼吸さえもすくいあげたくなる。


「私、死んだら妖怪になりたいな」

「なんで妖怪だよ」

「だって何百年も生きられるでしょ?


それにね…」








1週間前、なまえは死んだ。



すごく悲しかったが涙は出なかった。




なまえと過ごしてた時間帯と俺の心にぽっかりと穴があいてしまった。でも、涙はでない。




それは多分、あの日なまえが放った言葉が悲しさを上回ったから。



















―それにね、妖怪になれたら
牛頭とずっと一緒にいられるでしょ?














また逢えたら
―もう絶対、離さないから












怨みもなにもないなまえが妖怪になることはなかったけど。
お前の心は何百年でも、何千年でも、俺が尽きるまで俺と一緒だから。

安心して眠りな。






***



初!死ネタです。
書いてみたかったんです。

このまま牛頭が何百年も
なまえさんの事想って、
苦しさと温かさを
感じていけばいい!←

牛頭のピュアさを
表現したかった。
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