最近、気になる奴が出来た。気になるといっても色恋沙汰なんかじゃない。興味がある、というかなんというか。毎日のように俺の通学路の大きな川のある土手に1人の女がいるのだ。ただの女なら気にもとめないが、その女は俺の学校の制服を着ていた。それに加えて妖気がムンムン。妖怪じゃないかと思ったがそういうわけでもない。取りつかれているわけでもないし、じゃあ一体何者なんだ。話しかけるのもなんだか気が引けるし、害はないのでしばらく放っておいたがやはり毎日そこにいるとなると気になって仕方がない。学校で見かけたこともあったが、クラスまではわからない。なんなんだ、あの女。

今日ももちろん、あの土手のある道を通って帰る。またあの女はいるのだろうか。いや、十中八九いるはずだ。俺は少しくたびれたローファーを引きずりながらいつもと変わらない風景の流れる道を歩いていた。早世の身である俺にとってはこのなんでもない風景がとても貴重なものに思える。柄じゃないから決して言葉にしたりはしないけど、変わらないものにいちいち感動できるのは俺の特権だ。とその時、妖気を感じた。土手のある方角だ。しかし、あの女が発する妖気じゃない、これは正真正銘妖怪のものだ。


「ちっ、俺は普通の学生生活も送れんのか。」


そう文句を吐きながら、妖気を感じる方へ走って向かう。あの女や一般人が襲われていなければいいのだが。ここから土手までそう遠くないが久しぶりの全力疾走は俺の肺をギュッと締め付けた。しばらく走って土手に着くと、想像していたものとはかけ離れた光景が俺の瞳に映った。


「ふー…。びっくりした。」

「びっくりした。じゃない。おい女、これはどういうことだ。」

「っぎゃあ!びっくりした!あなた誰!」


俺が見た光景。それはあの例の女が倒れた妖怪の傍に立っていたというものだ。見たところ、妖怪はまだ滅されてはいないようで、ただ気絶しているだけのようだ。どういうことか、頭の中で整理できない。まさかこの女が背負い投げしたわけでもあるまいし、俺がこの場に来る間一体何があったというんだ。


「お前、そいつに襲われたのか?」

「お前じゃない!なまえです!というか誰!」

「自己紹介の前に答えろ。」

「…せっかちだなあ、もう。そうだよー、襲ってきたんだよその子。」

「…で、お前が背負い投げでもしたのか。」

「だからお前じゃないって!そして背負い投げなんかできない!」

「じゃあどうしたんだ。」

「…えへへ。」

「ごまかすな。」


女の名前はなまえ。聞いたことがあるようなないような。普段からクラスメートの顔と名前が一致しない俺にとってはそんなこと気にする程でもない。なまえと名乗ったその女は俺の名前をしつこく問い詰めたので自分の名前は竜二であると教えてやった。


「竜二…竜二…聞いたことあるようなないような。」

「奇遇だな。俺もお前の名前は聞いたことがあるようなないような、だ。」

「うーん、もしかして、花開院君?…間違ってたらごめんね。」

「…いや、間違っていない。何故知っている。」

「やっぱり!君が花開院君か!なら話ははやいね!」


何故俺が花開院君なら話ははやいんだ。わけがわからずクエスチョンマークを浮かべているとなまえは俺ににんまりと微笑みかけてきた。そして懐から紙切れを取り出すとぶつぶつと何かを唱え始めた。この呪文は陰陽師の使うものだ。花開院家のものとは異なるが、だいたい同じようなものだろう。ということは懐から取り出したのはただの紙切れではなく呪符ということになる。俺にはなまえが今から何をしようとしているのかわかった。彼女はきっと式神を召喚するのだ。呪文の詠唱が終わると、やはりそこには人間とは異なる、我ら陰陽師のパートナーと言えるべき式神の姿があった。人型の式神。その姿はひたすら白く、煌びやかだった。


「紹介するね、私の式神の粉雪。この子が妖を倒してくれたの。」

「…なまえも陰陽師なのか?」

「うん。みょうじ、って言えばわかるかなあ?」

「みょうじ家、か。」


みょうじ家は花開院家には及ばないものの、逸材をそろえた陰陽一家だ。まさか同じ学校にみょうじ家の者がいたとは。なまえは俺の表情を伺いながら妙な動きをした。そういえば先程から右腕を背中に回して決して見せようとしない。違和感を感じて無理やりに右手を掴むと、なまえは驚いたように小さく悲鳴をあげたが、すぐに苦痛に顔を歪めて大人しくなった。


「怪我、何故隠していた。」

「…恰好悪いじゃん。」

「…ほら、これで拭け。」

「ありがと…。」


なまえの右腕からは血が出ていた。深い傷ではなさそうだが、切られた範囲が広い。俺は制服のポケットからハンカチを取り出しそれをなまえに渡した。なまえは素直にそれを受け取り、傷口にあて血を拭っていく。血液はじわじわと布に染み込んでいく。止まることなくどんどん紅に染まっていく布を見ていたら、何故だか怖くなった。生きている者が死に向かう刹那を見ている気がして。さて、これからどうしようか。なまえの家、すなわちみょうじ家はここから少し距離がある。こんなに流血している女子を歩かせるわけにはいかないし、流血女子と歩いている俺まで変な目で見られそうだ。この場合、俺がとるべき行動はひとつしかないだろう。


「ついてこい。」

「え、ちょ、どこいくの!」

「家だ。止血くらいしてやる。感謝するんだな。」

「家…って花開院家!?いや、無理!遠慮しときますぅっん!?」

「いいからこい。そしてさっさと式神をしまえ。ついでにその妖怪を滅しろ。」


俺はなまえの制服を無理やり引っ張り、そこらに散らかっていたなまえの荷物と思わしきものを片手に持って、一つの疑問を頭に浮かべながら家に向かって歩き出した。





―ナニカガカワルキガシタ。
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