昨日の晩は散々だった。あの場面を母さん、ゆら、刹の3人に覗かれてそれを永遠とからかわれた。あいつらの存在に気付かなかったなんて、俺としたことが…。俺は上手くかわす術を持っているからなんてことなかったが、なまえは馬鹿正直。故にあいつらの直球の質問をかわすことも出来ず、何を言われるかと俺がハラハラした。「竜二のキスはどうだった?」とにこやかに母さんが聞いてきた時には2人で茶を吹き出した。直球すぎるその質問にデッドボールをくらった気分だ。と、今思い返してもゾッとする昨晩を振り返りながら学校へ行く準備をする。指定のシャツのボタンを閉め、スラックスを履いてベルトを締める。ネクタイを少しゆるめに締めてブレザーを羽織ったらそれで終わり。鏡の前で軽くネクタイの位置をチェックしていると、鏡越しに刹がいるのを見た。


「竜二、俺はそろそろ帰る。」

「いつまでいるのかと思った。」

「お前が連れてきたんだろうが!…ったく、俺は帰る。で、頼みがあるんだが、」

「なまえのことだろ。心配せんでもあいつはしばらくうちで預かる。」

「…悪いな。ほとぼりが冷めるまではあいつを頼む。」

「…ああ。」

「竜二。」

「なんだよ。」

「なまえに変な事すんなよ!接吻以上は認めねえからな!」

「お前はあいつの父ちゃんか…。ま、時がきたらなるようになるだろうが」

「んな゛っ!!」

「今は手出さねえよ、馬鹿め。」


後ろでわあわあと騒ぐ刹を放って、鏡の前から離れる。そろそろ家を出る時間だ。廊下を歩いて玄関へ向かうとそこにはうちの学校の制服に身を包んだ女が立っていた。その正体はなまえしかいない。「遅いよ竜二くん!」と怒られた。なまえがもう学校に行くなんて聞いていない。まだ家で療養していたほうがいいんじゃないか。そう声をかけたが、大丈夫さ!とにっこりと笑われたので返す言葉がなくなり、一緒に登校することにした。

下校を共にしたことはあるが、登校は初めて。朝から一緒、それだけで何故だかドキドキする。それに今までとは関係が違う。"友達"ではなく"恋人"。ただそれだけだというのにどうしてこうも心持が違うのか。言葉の持つ意味というのは凄い力を持っているのだと改めて感じる。そうだ、なまえにあのことを言わなければいけない。あのことというのは今朝、刹と話したことだ。ほとぼりが冷めるまではなまえをうちで預かる。いつほとぼりが冷めるのかなんてのは全く予想もつかないが、とにかく今はそうするしかない。そうなまえに伝えると、なまえは少し黙った後、「お世話になります」と一言だけ言った。何かを考えている様子のなまえ。大方、みょうじ家のことを考えているのだろう。今みょうじ家がどういう状態なのかはわからない。あの日行ったきりだから。なまえにはあの時のなまえに対する当主の反応のことを伝えてある。言うか散々迷ったのだが、こいつはそれを受け止めなければならない。そして前に進む為の何かを見つけてほしかったから。だから教えた。ボロボロななまえには酷だったかもしれない。1人で抱え込むには大きすぎたかもしれない。でも今は俺が支えてやれるから。自分は1人じゃないんだと気付いたなまえは俺を頼ってくれるから。だから一緒に出口を探そうとしている。

学校の校門が見えてきた。ぞろぞろと登校する生徒たちに混じって俺たちも敷地に入っていく。何百人もいるこの学校で、はたまたこの広い世界で、こうしてなまえに出会えたのは偶然か、それとも必然か。なんにせよ、今隣を歩くなまえがずっと俺の隣を歩いていてくれたらそれでいい。なんて重苦しくて恥ずかしいことを朝からしみじみ考えるなんて、俺じゃないな。自嘲気味にフッと笑みを零すと、それに気付いたなまえが顔を覗きこんできた。


「何で笑ってるの?何か良い事あった?」

「あぁ、最高だな。」

「最高?何が?」

「教えてやらねーよ。」

「ずるいよ!1人で楽しそうに笑ってー!」


そう言ってぷぅっと頬を膨らまし口をへの字にひん曲げる。不細工だな、と言ってやれば眉間に皺を寄せて竜二くんの馬鹿と罵られた。


「悪ぃな、こういう性分なんだ。許せ。」

「まぁわかってるけどね。んー、じゃあ何で笑ってたか教えてくれたら許す!」

「…ちっ、仕方ねえな。耳貸せ、耳。」


なまえは俺の口元に耳を寄せると、よく聞こえるようにと片手で耳の周りを囲った。(お前が隣にいるのが嬉しい…って、そう思ったんだよ。)囁くと、なまえはしばらく動かなかった。顔を覗きこむと案の定真っ赤になっていて、俺と視線を合わせようとしない。
小さな声で、「竜二くんって本当にずるい…」と言った後、ようやく俺の目を見た。


「ずるいも何も、なまえが教えろって言ったんだろうが。」

「それはそうだけど…!こんなの不意打ちじゃんか…。」

「俺が珍しく正直に言ってやったっつーのに、不満そうだな。」

「そうじゃなくて、えーとね…。」

「普段は大胆なくせにこういう時はヘタレだなお前は。」

「不慣れだもん!仕方ないよ!…あの、竜二くん。」

「あ?」

「私も嬉しいよ、一緒にいられて…。」


ああもう!恥ずかしい!、となまえは両手で顔を覆い隠した。俺も十分恥ずかしい。周りにはたくさんの生徒たちがいて、雑踏で聞こえていないだろうがこんなところでこんなことを言い合う俺たちは相当馬鹿なんだろうな。

クラスが違うので下駄箱の前で一旦別れようとしたが、俺のクラスの下駄箱の前にはあの馬鹿で単細胞な友人がいて、挨拶をしてきた。俺でなくてなまえに。気に食わなくて一発下履きで蹴りを食らわせたら何するんだよと怪訝な顔つきで見られた。なまえは蹴っちゃダメだよ!と言った後、1人で教室へ行ってしまった。俺が友人と共に教室へ行くんだと思ったんだろう。ちっ、こいつがいなければ教室までなまえと居れたのに。そう思ったらまた腹立たしくなって、もう一発蹴りを入れた。


「痛ェっつーの!なまえちゃんにちょっかいだされて悔しいのはわかるけどそんなことしてたらモテないぜ花開院!」

「黙れ愚民。」

「花開院、まだなまえちゃん落とせてないんだろ?俺も狙っちゃおうかなー!デートに誘うか!映画とか好きかななまえちゃん!」

「…勝手にしろ。ただしあいつは暇じゃない。」

「何で?」

「俺の女なんだ、暇なわけないだろうが。」

「あぁ、そうだよなー…って!?は!?いつの間に!?」


どいつもこいつも、ピーピーピーピーと朝からよく騒げたもんだ。後ろに雛のようによく鳴く友人を引き連れて、俺は教室へ向かう廊下を歩き出した。





―ダレニモユズラナイ。
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