温かい。額に感じる温もりが心地よい。重い瞼を少し開くと眩しいほどの光が瞳に飛び込んで来る。無意識に小さく唸ると、なまえちゃん!と私を呼ぶ声が聞こえた。何度も私の名は呼ばれる。応えなければと、瞼を少しずつ開いていく。私の顔を覗いているのは…竜二くんのお母様…?ここはどこだろう。考えれば思い出せるはずのことなのに、頭が働かない。瞼は完全に開いていたが、しばらく何も考えられずにぼーっと、ただ天井を見上げていた。


「なまえちゃん!大丈夫?わかる?」

「…竜二くんの、お母様…。…あれ、私…なんで…?」

「よかったわ、目が覚めて…。あなた3日も眠ってたのよ?」

「3日…?」


頭がボヤボヤする。なんで私、3日も眠っていたんだろう。記憶の道筋を辿るように、ゆっくりと思い出していく。3日寝ていたということは3日間の記憶が空白だということ。最後に見たのは…光。真っ白で冷たくて…、なんでそんなものを…?私はたしか竜二くんちにお泊りに来てて…、寝すぎちゃって…、そのあとゆらちゃんとお遣いに行ったんだ…。そして―…


「っ、痛…。」

「無理しないでなまえちゃん。まだ寝ていた方がいいんじゃない?」

「大丈夫です…。…そっか、私…。」

「ごめんねなまえちゃん、話はだいたい刹くんに聞いたわ。…大変だったわね。」


よしよしと頭を撫でられる。そっか、さっき感じた温かさはお母様の手の温度だったんだ。気持ちがよくて、目を瞑ったまま黙って撫でられる。不思議だ、すごく安心する。温かい雫が目からツーッと零れた。それを拭うこともできずに、ただ流れるのを感じる。お母様がそれに気づいてタオルで拭いてくれたけれど、何も聞いてはこなかった。ただ優しく微笑んで、ずっと私を撫でていてくれた。これが竜二くんのお母様の優しさなんだろう。なんてあったかいんだ。


「あとで竜二に会ってね。交代でなまえちゃんを見ていたんだけど、ほとんど竜二がついていたのよ。」

「…竜二くんが?」

「ええ!今は学校に行っちゃってるけどね。竜二、喜ぶわよ〜!」

「…そう、ですか…。竜二くんにはいつも助けられるな…。申し訳ないです…。」

「いいのよ、あの子がしたくてしてることなんだから。」

「でも、私なんかのために…。」

「…ねえ、なまえちゃん。」


自分を蔑むのはやめなさい。優しく、強い口調で言われた。私は自分を蔑んでいたのだろうか。私のせいでお父様は亡くなって、私のせいでお母様は変わってしまって、私はみょうじには必要がなくて…。確かに、竜二くんのお母様の言う通り、私は私を蔑んでいる。しかしそれらは事実なのだからどうしようもないのだ。そう思ったらまた涙が出てくる。泣いたらお母様が困ってしまう。必死で涙を堪えるが、どんどん溜まっていく。涙が落ちそうになったその時、身体がふわりと包まれた。


「お、母様…?」

「泣いたっていいの。弱くたっていいから。本当のなまえちゃんを見せて…?」

「…でも、私…。」

「あなたは素敵よ、誰よりも。でも本当のなまえちゃんのほうがきっともっと素敵。私が言うんだから間違いないわ。ね…?弱さを見せるって難しそうで簡単なの。」

「…っ、ぅ…。うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

「…よしよし。うふふ、大きな赤ちゃんね!」


大声で、思いっきり泣いた。温かい温もりに抱きしめられながら枯れる事のない涙は次々と溢れ出る。弱さを誰かに見せるなんて、考えたこともなかった。誰にも迷惑をかけないように、嫌われたりしないように、自分を隠して生きてきた。居場所を必死で探して、見つからない見つからないと彷徨ってきた。でも、居場所なんて探すもんじゃない。だって自分が信じたところにあるのだから。私が誰かを信じれば、その人が私の居場所になるのだ。私が誰かに信じてもらえたら、私がその人の居場所になれるのだ。こんな簡単なことにどうして今まで気付かなかったんだろう。しばらく泣いたら、気分も心も落ち着いた。ありがとうございます、笑顔でお母様にお礼を言うと、お母様もにっこりと笑みを返してくれた。そのあと、お母様はゆっくりと下を向く。少し表情を曇らせ、何かを考えていたがやがて私の顔を真っ直ぐに見て、何かを決心するように語りかけてきた。


「…あのねなまえちゃん。知っていてほしいことがあるの。」

「なんでしょう?」

「竜二はね、呪いのかけられた子なの。」

「呪い?…って…?」

「…うちの直系男児はね、早世する呪いがかけられているの、ある妖怪によって。」

「…ごめんなさい、ソーセーってなんですか…。」

「早く死ぬ、ってことよ。」

「…え…?」


冗談だと思った。あの竜二くんがそんなこと。でも思い当たる節があった。"跡"を残さないため―…。初めて竜二くんに出会った日、彼はそう言った。もしお母様の言っていることが本当なら、話は通じる。"跡"とは自分が生きていた事実のこと。自分が生きていたことをこの世に残していかない、そういう意味だろう。まさか、竜二くんがそんな大変なことを抱えていたなんて。あの表情にはそんな意味があったなんて。助けたい、今度は私が竜二くんを。強く強くそう思った。


「その妖怪を倒したら呪いは解けるんですか…?」

「わからないわ。でもうちの者はみんなそう信じて戦ってる。もちろん竜二もよ。」

「私も一緒に戦いたいです…!竜二くんを、今度は私が助けたい…。力になりたい…。」

「…ありがとう、なまえちゃん。その気持ちはすごく嬉しいわ。でもね、戦わなくても、あなたが傍にいるだけで竜二は助かってるはずよ。」

「そんなことは…。」

「そんなことあるのよ。私が言うんだから間違いないわ!…あの子はそういう呪いのかかった子。常に死と隣り合わせで生きているの。だから私達だって、覚悟して生きているつもりよ。」

「…。」

「もしいなくなってしまったとき、悲しい思いをするのはなまえちゃん。それでも助けたいと思うのなら、お願い。傍に居てあげて…?」


私の答えは決まっている。覚悟をギュッと握りしめたら、なんだか心が軽くなった。私が力強く頷くと、お母様は嬉しそうによかった、と言った。自分に素直になろう。自分を蔑むのを止めた私は、自分の気持ちに素直になれた。私は竜二くんが好き。だから助けたいと思う。それが私の本当の気持ちだから。


「うふふ、つまりお嫁に来てくれるのよね?楽しみだわ〜。」

「お!?嫁!?」

「ええ!嬉しいわ〜、比較的若いおばあちゃんになれそうね!」

「!?」

「早く孫の顔見せてね〜!」

「…刹、来てるんですよね。私、事情聞きに行ってきます…。」


お母様のとんでもない妄想が始まってしまった。こうなったら何を言っても意味がないだろう。そう判断して、私は刹のところへ逃げることにした。お嫁とか孫とか、私と竜二くんはそういう関係じゃないというのに。でもそれを想像してしまっている私もいるわけで。なんだか少し恥ずかしくなりながら廊下を歩いた。

竜二くん、早く帰ってこないかな。話したい事がたくさんある。お礼と、あの日のことと、それから―…。





―シンジル。
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