家に着いてすぐに、一人の女中に(なまえさんは客間で治療を受けています。)と耳打ちされた。女中にコートを預け、そうか、と返事をして客間へと足を進める。客間の襖を静かに開けてやれば、そこにはゆら、魔魅流、刹、そして布団の上で横たわっているなまえ、その治療をする医者、加えて何故か母さんの姿があった。既に止血は終わった様子で、包帯を巻いている最中だ。その作業が終わると医者は、「明日また来ます。目が覚めても絶対安静にさせてください。」そう言って部屋から出て行った。部屋に残された意識のある5人の視線はなまえに集まる。すうすうと寝息をたてていることにひとまず安堵した。さて、俺はこれから刹に聞かなければならないことがある。刹、と名を呼べば、ああ、と生返事が返ってくる。ここでは話しづらい。場所を変えようと襖に手をかけたがその時、竜二、と俺を呼び止める声が聞こえた。声の主である母さんの方に振り返る。


「私達にもちゃんとお話しして?」

「…。」

「あら、お世話してるんだもの。聞く権利はあるはずよ?」

「…刹、いいのか?」

「…ああ、世話になってんだ。教えないわけにはいかない。」

「ありがとう刹くん。お母さんね、知りたいのよ、なまえちゃんのこと。」


だって可愛いもの!と言う母さんに、刹は小さく、しかし嬉しそうに笑みを零した。その微笑みの理由を俺は知っている。なまえのことをずっと見てきた刹、なまえが誰かに好かれるのを見たらそりゃあ嬉しくもなるだろう。前当主に言われた『信じたものに食らいつけ』。それが報われた瞬間なのだから。なまえを囲んではさすがに話しづらい。皆で部屋の端により、そこへ腰を降ろす。(なまえの封じの印についてお前が知っていることを全部話せ。)刹は俺の言葉に静かに頷く。そして口を開いた。


「封じの印―…、その名の通り力を封じるための印。それを身体に刻まれた者は本来の力を発揮できなくなる。入れる模様、箇所によって封じる力の種類は異なるが、なまえの場合は霊力だ。効力がなくなるのは印が消滅した時。なまえはちょうど印のある箇所に傷を負った。そのせいで印は消滅した。…でも最近じゃ印も薄れてきてたみたいだから、こうなるのは時間の問題だったんだ。」

「誰が、何のために封じの印をなまえに入れた。何故本人は封じの印について知らない。」

「印を入れたのはなまえが生まれてすぐだ。なまえが覚えているはずがない。あいつは特に印を気にする事もなかったし、痣だと言ったらそれを信じた。印を入れた人物は…、前当主。なまえの父親だ。理由は簡単、なまえの霊力があまりにも強かった。小さい身体にあれだけの霊力は危険すぎたんだ。そしてもう一つ、霊力が強いと必ずそれにおびき寄せられる妖怪がいる。なまえが強い妖怪に襲われるのを恐れた。…それが理由だ。」

「…では何故、母親はそのことを知らないで刹が知っているんだ。」

「俺の親父は前当主と親友だったんだ。だから俺にも良くしてくれて、信頼してくれていた。実際、封じの印を入れる儀式にも立ち会わせてくれたくらいだ。当主に言わなかったのは…先読みの能力で全部知っていたから、と考えたほうがいいかもな。霊力を封じた場合の未来と、封じなかった場合の未来、どちらも読んだ上で決めたんだろう。何を読んだのかも、何故当主に言わなかったのかも、俺はわからないんだ。」

「この本、ここらのページが切れているんだがどういうことだ。」

「お前なんでその本持って…!?」

「借りてきた。」

「勝手に借りるなよ!!…とまあお咎めは後回しだ。俺の記憶が正しければそこには印の種類だとか、儀式の方法だとかが書いてあったはずだ。切れたページは前当主が持っていたから、多分もうないんだ。…つまり、なまえにまた印を入れてやることもできない。巨大な力だ、うまくコントロールできるかどうか…、それ以前に霊力に精神が耐えられるかどうかだ。…目を覚ますといいが…。」


沈黙がより場の空気を重くする。それほどまでに強大な霊力を、この身体に…。先程見たなまえの十数年分の霊力、あれはたしかに物凄かった。そのショックは計り知れない。とにかく今俺に出来るのは、なまえが目を覚ますのを祈ることだけだ。頭ではそう理解していても、何もしてやれないという悔しさが胸を締め付ける。ゆらと母さんはなまえの家庭事情を知らない。封じの印のことだけ聞いても納得できない様子で、刹につめよっている。すごい迫力に折れた刹はしぶしぶ、この間俺に教えたことをまたゆらと母さん、ついでに魔魅流にも教えている。うちの奴らはどうしてこうもなまえの事に首を突っ込みたがるんだか。そう思ったが人の事は言えないなと自虐し、その光景を見ていた。


「なまえちゃんの様子は交代で見ることにしましょ。刹くんにはお部屋を貸すから少し休んできて…って刹くんもちょっと怪我してるわね。お母さんが絆創膏貼ってあげるわ!いらっしゃい!」

「や、俺は大丈夫で」

「遠慮しないで!竜二、最初はあなたが見てあげていてね!変な事しちゃだめよ!」

「誰がするか。さっさと行け。」


母さんはずんずかと俺以外の全員を引き連れて部屋から出て行ってしまった。静かになった部屋にはなまえの寝息だけが聞こえる。枕元へ行きそこへ座る。呼吸をする度に少しだけ布団が動く。眠っているその顔は、やはりまだあどけなさが残る。守りたい。救いたい。俺の中にはもうそれしかなかった。なまえは当主と雪芽を憎んでいない。以前刹はそう言っていた。それは昔に父親に言われたあの言いつけを守っているからだと。寂しい人を大きな心で包め。寂しいというのは環境の問題じゃない。心の寂しさのことだ。周囲の寂しさに囚われて、なまえは重要なことをわかっていない。本当に一番孤独なのは、なまえだ。端からみたら一目瞭然のそれを、あいつ自身がわかっていない。だから明るく振る舞う。自分の心にすべてしまいこんで、誰にも見せようとしない。それがなまえの強いところで、弱いところだ。

俺は知りたい、本当のこいつを。弱いところも、強いところも、良いところも、悪いところも。なまえにとっての心地よい居場所をつくってやりたい。溢れそうになるこの思いをしまっておくにはもう胸は一杯だ。なまえの頬をそっと撫で、ポツリと小さく思いを吐きだした。


「…好きだ、なまえ…。」


眠っているなまえには届かない。でも、今はこれでいい。これは俺の決心。いつ無くなるかわからないこの命、惜しくないと思っていたこの命がどうか続きますよう…。





―アフレダシタオモイ。
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