「ちっ、一足遅かったか…。」
俺が駆け付けた時にはすでに、みょうじ家の結界は破られていた。門のところでボロボロになっていた雪芽に何があったのか尋ねると、依頼され、呪縛で仮封印されていた妖怪が急に暴れだしたとかで。なまえが既に本宅へ向かったと聞きすぐに俺も駆け付ける。本宅の門をくぐればすぐに目当ての奴を見つけた。辺りには門下生たちがころがっているが、死んではいない。そいつらを器用に避けながら、禍々しい妖気を放つそれに近づく。
「竜二っ…!?お前っ、ゲホッ」
「刹…!?おい、大丈夫か。ボロボロだぞ。」
「あぁ、なんとかな…。それより、やばいな…。」
「やばいって…確かにやばいなコレは。」
「いや、そっちじゃなくて、なまえがやべえっ…!」
「…っ!」
右わき腹を抑えながら妖怪を睨むなまえ。その身体からは霊力が溢れだしてきていた。その霊力は白く冷たく、まるで雪…。止まることを知らないそれは、どんどん大きくなっていく。
「まずい、封印が解けたか…!っなまえ!!落ち着け!!」
「封印…?やはりあの刺青は封じの印だったのか!?」
「…っ説明は後だ!竜二!自分に全力で結界を張れ!あと門下生たちにも頼む!」
「っあぁ、わかった!」
あんな霊力を浴びたらひとたまりもない。刹の言う通りに自分に結界を張り、ころがっている門下生たちにもできるだけ強い結界を張ってやる。俺が結界を張りきれなかった門下生の結界は刹が張ったようだ。なまえの霊力はまだ増し続けている。封じの印…それを入れられていたなまえの身体には十数年分の霊力が溜まっている。封じの印とは、あの右わき腹にあった刺青。なまえの右わき腹からは血が出ていた。となるとちょうどその印に直撃し、刺青が消えてしまったということだろう。しかしいくら十数年分溜まっていたからと言ってもここまで大きな霊力になるのだろうか。なまえにはもともと霊力が人並み以上にあったと考えられる。とその時、霊力の成長が止まった。…いよいよ見られるか、なまえの本気が。
――――――………!!!!!!!!
大きすぎる音と眩しすぎる光が、聴覚と視覚を奪う。ゆっくりと目を開いた時、そこには夏とは思えない光景が広がっていた。雪…。空からちらちらと粉雪が舞い降りる。夏の暑さで溶けてしまうはずなのに、その雪は地面に着くまで決して溶けなかった。もう結界を解いてもいい、刹にそう言われて結界を解く。顔にかかった雪はとても冷たかった。この雪はなまえの溢れだした霊力が実体化したものだろう。あの妖怪もひとたまりもないはずだ。その証拠に、妖怪の姿と気配はどこにもなかった。そうだ、なまえはどうなったんだ。急いでなまえの居たほうに顔を向けると、先程と変わらない場所で倒れているなまえが目に入った。すぐさま駆け寄り、上半身だけを抱き起す。大丈夫だ、呼吸はしている。そのことにひとまず安堵したが、わき腹の出血が酷い。そこらにころがった門下生の着物の袖を半ば無理やり切って傷に宛がう。すぐにちゃんとした治療をしなければならないが、今のみょうじ家ではできそうにない。満身創痍で、そんな余裕なんかないだろう。
「竜二兄ちゃんっ!なんやコレ、どういうことや!?」
「竜二、何があったの。」
「ゆら、魔魅流、ちょうどいいとこにきた。こいつ持って帰るぞ。」
「こいつ…ってなまえ姉ちゃん!?なんやこの傷!?」
「ピーピーうるせえ。魔魅流、そっと運べよ。あと刹、お前もうちにこい。」
「俺っ!?…構わねえけど、当主の許しがないと…。」
「そんなもん俺に任せとけ。オラ三人とも、さっさと行け。」
魔魅流がなまえを抱き上げる。三人を適当に見送った後、俺は刹に聞いたなまえの母親の居場所へ向かおうとしたが、ラッキーなことに向こうから出て来てくれた。なんだか、ひどくビクついている。簡単に事情を説明すると、刹を借りることを快く承諾してくれた。封じの印、それに関してなまえの母親は何か知っていないか、それを尋ねようとなまえの名前を出した時、その表情はさらに強張った。
「ぁっ、あの子っ…!さっき何をしたのっ…!?あんな力っ…!」
「御母さん、あれはなまえの本当の力ですよ。」
「あんな…恐ろしい力っ…!本当に私の子っ…!?違う…!」
「…正真正銘アンタの子だ、みょうじ家当主。…では失礼。」
かなり乱心している。あの母親もなまえのあの力は初めて見るもののようだ。となると、封じの印を入れたのはあの母親ではないということになる。…まあこのことは刹がいちばん詳しそうだから刹に尋ねるとしよう。そのために刹をうちに呼んだのだから。
うちへと続く道を今度はひたすら歩く。もう魔魅流たちはうちについただろう。気を失っていたなまえの顔を思い出す。脳裏に焦げ付くように刻まれたその表情は、どこか穏やかで、どこか悲しそうだった。うちに帰って落ち着いたら、刹に話を聞こう。それが解決に繋がるかはわからない。でも俺にできることをするだけだ。
自身の影が縦に伸びる。実際こんだけデカかったらな、と空しくなった土曜の午後。
―ハグルマガマワリダシタ。