「兄ちゃんっ!」


バーンッ、とすごい音を立てて部屋に入ってきたのはゆらだった。あ、襖が外れた。両手に重そうな買い物袋をぶら下げて、おまけに走ってきたのか、肩で息をしている。こいつはさっき俺の修行からお遣いと称して逃げ出したからきっと罰が当たったんだな。なんだ、と少し機嫌悪そうにして尋ねたが、まだ息を切らして喋りだす気配がない。どんだけ全力で走ってきたんだコイツは。早く言えと言わんばかりに睨みを利かせたが、怖気づかない。そういえば、なまえも一緒に遣いに行ったはず。ゆらが買い物袋を2つ持っていたことに多少の違和感を覚えた。だが、袋が3〜4つあったかもしれないという可能性を考えれば、なにも不自然ではない。しかし、なぜゆらが袋を持ったまま俺の部屋へ来る。ゆらがこんな重いものを持ったまま俺のところに一直線にくるなんてことはまず無いに等しい。ましてや、なまえ大好きっこのゆらが、なまえを置いてくるなんてことはないはずだ。


「ゆら、なまえはどうした?」

「はぁっはぁっ、あのな、なまえ姉ちゃんが、大変や、はぁはぁ…。」

「何が大変なんだ、落ち着いてちゃんと言え。」

「…はぁっ、帰りにな、ものごっつう妖気感じて…、そしたら姉ちゃん行ってしもうた…。」

「…あんの馬鹿女、ったく…。ゆら、それはどこだ?」

「あの方角は、…なまえ姉ちゃんちやな…。助けにいかんとっ…。」

「待てゆら。…みょうじ家か…。」


まさかみょうじ家が妖怪に襲われるなんてことはないだろうが、仮にそうだとしてもなまえが駆け付けたところで(言い方は良くないが)あまり役に立たない。これは予想だが、みょうじ家での妖怪退治の仕事があったから、足手まといになると判断したなまえの母親がなまえを家から出したのだと思う。そして俺のところに泊まりにきた、ということだろう。


「なまえと別れてからどのくらい経った?」

「え…と、家に来るまで10分、あたふたしてて5分、えっと…」

「あたふたしてる暇があったらさっさと帰ってこい馬鹿が。」

「しょうがないやろ!多分、もう20分は経っとるはずや。」


俺は携帯電話を取り出すと、初めてかける番号に電話をした。電話機を当てた右耳から機械音が聞こえたのと同時に、左耳には別の機械音が入ってくる。いつまでかけても電話にでない。もしやと思ってなまえに貸している客間に行けば、奴の携帯電話が部屋の片隅で鳴り響いていた。…本当にあの女は、携帯電話の意味をわかって所持しているのだろうか。携帯とはすなわち持ち歩くという意味であって…というのはさておき、少し不安になってきた。ただ電話が繋がらないだけならまだしも、微かだがここにまで妖気が届いている。嫌な予感がする。俺の勘は鋭いほうだ。どうやらここは行くしかないらしい。いつものインバネスコートを羽織る。真夏に暑くないのかと聞かれるが、暑くないわけがない。でもアレと同じだ、砂漠にいる奴らはみんな暑そうな服着てるだろ。半袖でいると強い日差しで肌がやられちまうらしい。まあそんなことはどうでもいいんだ。


「ゆら、家中まわって魔魅流を見つけてこい。」

「魔魅流くんを?」

「俺は先にみょうじ家に向かう。お前は魔魅流と来い。わかったな。」


高下駄で走るのは慣れたものだ。うちからみょうじ家まで走って15分といったところか。みょうじ家に近づくにつれて少しずつ、妖気が強くなっていく。一体何が起こっているというんだ。予想もできないまま、俺はなまえの無事を祈ってただひたすら走った。




―シンパイナンダ、オマエガ。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -