「なまえ姉ちゃーん、そろそろ起きてやー!」

「…ぅ〜ん、あと30分だけ…。」

「長っ!もう11時やで?」


11時、という言葉に驚いて枕から顔をあげると、ゆらちゃんが私の顔を覗いていた。昨晩、竜二くんにゆっくり寝てろとは言われたけれど、人様の家でこんな時間まで寝ているなんて失礼極まりないことをした。寝坊してごめんなさい、そうゆらちゃんに言うと、「疲れてるだろうから寝かせとけって竜二兄ちゃんに言われたんやけど、死んだように眠っとるから心配になってしもうたんよ」起こしてごめんな?と、逆に謝られてしまった。なんだか本当に申し訳ない。


「そういえば、その竜二くんは?」

「兄ちゃんなら修行しとるで、他のみんなと。」

「あー、そっか。…で、ゆらちゃんは?」

「あー…、私はほら!…な?」


な?と言われても。その時、下の庭先から、ゆら!と呼ぶ声が聞こえた。…あぁなるほど。地獄の修行から逃げてきたというわけだ。ゆらちゃんは、私はお母さんにお遣い頼まれたからいいんや!と焦りながら自分に言い聞かせている。昨日ゆらちゃんに聞いた竜二くんの地獄の修行、確かに逃げ出したくなる気持ちもすごくすごくわかるけど、そんなことしたら後から大変なんじゃないかな。敢えてそれは口に出さず、ゆっくりと布団の上に立つ。背伸びをしてみたけれど、私の手が天井に届くことはなかった。


「ゆらちゃんお遣い行くんだよね?私も行っていい?」

「もちろんやで!というか、本当は今誘いに来たとこだったんやけど。私玄関で待ってるなぁ!」


お泊りに来ているので簡単な服しか持ってきていなかったから、Tシャツにスキニージーンズという何とも色気のない服に着替える。特に荷物はいらないだろうと思って、粉雪の呪符だけをポケットにしまいこんでゆらちゃんの待つ玄関へ向かった。

お遣いに行くのは近くのスーパー。いつもの土手をしばらく歩くとそこに着く。頼まれたものが書かれた紙を見ながら、2人で商品を選んでいく。今日のメニューはなんだろうねと、メニュー当てゲームをしてみたり。お勘定したら10円足りなくて、内緒で買おうとした駄菓子を渋々返しに行ったり。ただそれだけのことなのに、今日はいつもよりたくさん笑っている気がする。不思議だ、お遣いってこんなにたのしかったっけ。ゆらちゃんの笑顔を見ると、私まで自然と笑顔になる。心から笑ってるってわかるから。嫌味一つこもらない、屈託のない笑顔。私といて、楽しいって思ってくれている証拠。すごく嬉しい、はずなのに。私は少なくとも現時点できっと必要とされている。それでいいはずなのに。それを認めちゃいけない気がした。認めてしまったら、家に帰ってからつらくなる。ゆらちゃんには必要とされているけど、みょうじ家には必要とされていない。言い方は良くないが、言ってしまえばゆらちゃんは他人でしかない。みょうじ家は身内だ。それも血の繋がった親だ。他人と身内、どちらに必要とされるほうがいいのかなんて、天秤にかけるもんじゃないけれど、どうしても比べてしまう。"他人""身内"、その言葉の区別が私の中でははっきりとされているから。同じ人間だ、そんな言葉に囚われたくはないのだけど。

帰り道は、来た道を引き返した。長い長い川に沿って作られた道をひたすら歩く。今日は日差しが強い。暑さのあまり、夏に雪が降ればいいのに、なんて戯言を話して、また笑う。こんな日が、いつまでも続けばいい。そう願った。刹那、違和感を感じた。私が足を止めると、ゆらちゃんも足を止める。どうやらゆらちゃんもこの異変に気付いたようだ。この感じは妖怪と見て間違いないだろう。でも変だ。普段、霊力が弱いためすぐに妖気に気付けない私がこんなにも早く、遠くの場所からの妖気に気付くなんて。嫌な予感がする。


「なまえ姉ちゃん…!」

「ん、こりゃ物凄いね。ねー、ゆらちゃん、」

「な、なんや?」

「コレ、お願いします!」


ゆらちゃんに強引にスーパーの袋を押し付ける。姉ちゃん!と呼ぶゆらちゃんの声を無視し、妖気を感じる方角、そちらに身体を向けて走りだす。心臓がバクバクしているのは、走っているせいだけではないみたいだ。どうか無事でいて―…。そう強く願いながら、私は自宅への道を駆け抜けた。




―ワラッテミタイヨ、ココロカラ。
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