風呂上がりのゆらを呼び止める。なまえも廊下の角を曲がり、見えなくなった。さらに近くに誰もいなくなったのを確認すると、俺は口を開いた。


「なあゆら、お前ら風呂で長時間なにしてた?」

「何って、風呂に浸かってたに決まってるやろ?なんや兄ちゃん、やきもちか?」

「そんなわけないだろうが、余計なこと言ってると鼻から言言流し込むぞ。」

「そ、それだけは勘弁して。ほんまに、湯船浸かってお喋りして、あとは背中の流しあいっこしただけや。」

「…ゆら、なまえのこの辺に痣があっただろう。見たか?」

「ああ、痣ね。あったわ。って、なんで兄ちゃんそんなこと知って…」

「さっき見えたんだ。」

「へ、変態やぁ!乙女の素肌をまじまじと、っフガッ!」

「デケェ声だすんじゃねえ、お仕置きすっぞ。」


めちゃくちゃデケェ声で俺を罵るもんだから、ゆらの口を手で塞いでやる。ギブアップだと言わんばかりに俺の手を引き剥がそうとするから、抵抗しないのを確認してから離してやった。ったく、お兄ちゃんを罵るようになるとは、どこでしつけを間違えたのかね。後でたっぷりお仕置きだ。


「で、その痣についてだが…、お前はなまえに何か聞いたか?」

「どうしたんって聞いたけど、小さい頃からあるから気にせんといて…って。」

「小さい時から…。なまえは痣について他に何か言ってたか?」

「なんも聞いてへんよ、女の人に痣のことなんか聞くのも悪いしなあ。でも、」

「なんだ?」

「痣にしては不自然っちゅーか、なんちゅーか。」

「どういうことだ?」

「痣っていうよりは刺青っぽいなあ、何かの模様にも見えたし。ほんまのこというと私も少し気になっとったんよ。でもなまえ姉ちゃん、何か隠してるようにも見えんかったし…。」

「そうか、わかった。もう自分の部屋に戻っていいぞゆら。」

「え、私なまえ姉ちゃんのとこに…」

「いいからさっさと戻れ。それともなんだ、そんなにお兄ちゃんにお仕置きされたいのか?」

「っ、おやすみなさーい!」


俺がなまえの痣についてゆらに詳しく聞いたのには理由がある。その理由とは、この間なまえの家に行ったときに見つけたある一冊の本に関係している。あの時は刹の話を聞いていろいろ考えこんでいたからめくる程度にしか見ていなかったが、勝手に借りてきて正解だった。もしこれが本当なら、一体誰が、何のために…?俺が知りたいと思うことが記されているであろうページは、何故か切り離されていた。だから興味をひかれてただ適当に借りてきただけだったというのに、まさかなまえにそれがあるなんて。これもおかしな運命の巡りあわせだろうか。








「なまえ、いるか?」

「竜二くん?いるよ、どうぞー。」


なまえの部屋に行くと、なまえは腕に包帯を巻いている最中だった。なかなか上手く巻けないようで、手こずっているご様子。俺は部屋にあがってなまえの横に腰をおろし、貸してみろと包帯を奪った。なまえは大人しく俺に腕を向け、お願いしますと言う。「傷はどうなんだ」「おかげさまでもう治りかけてるよ」心配してくれてありがとう、そう言われたらなんだか照れくさくて、何も言えなかった。


「ありがとねー、いつも刹が巻いてくれてたから自分じゃできなかったよ。あはは!」

「こんくらい1人でできるようになれ。…なまえ、」

「ん?」

「脱げ。」

「…へ?脱っ!?私に脱げとっ!?」

「ああすまん、言い方が悪かった。お前腹に痣があったろ、見せろ。」

「脱げと見せろじゃ違い過ぎだよ!って、何で痣の事知って…」

「さっき見えたんだ。」

「…。竜二くんには何を言っても無駄そう…。」

「何か言ったか?」

「いーえ、何にも。ほら、ここだよ。」


なまえはTシャツをピラっとめくり、右わき腹を指差す。…確かに遠目から見たらただの痣にしか見えないかもしれないが、ゆらも言っていた通りただの痣にしては少し不自然だった。模様のようだ、というのもわかる気がする。ほとんど薄くなってしまっていてよくわからないが、確かに何かの模様にも見える。おそらく、ゆらの言う通り痣ではなくて刺青と見て間違いなさそうだ。しかし当の本人が痣だと思い込んでいるから、まさか自分の体に得体の知れない刺青があったなんて知ったら驚いてしまうだろう。それにあの本に書いてあった、この刺青が指す事柄を今このタイミングで教えるのはあまり良いと思わないし、仮に教えたとしても何故なまえにそんなものが入れられたのか俺もわからないから、きっと今はまだ教えるべきではないんだと思う。俺があまりにもまじまじと見ているからか、さすがのなまえも頬を赤らめて、「もういいかな?そろそろ恥ずかしいんだけど」と、断りを入れた。ああ、と返事をしてやれば、なまえはめくっていたTシャツを元に戻した。


「小さい頃からある痣だから大丈夫だよ?もうだいぶ薄くなってきてるし。」

「そうか、…じゃ、俺は戻る。」

「うん、わざわざありがとうね!」

「ああ。明日は土曜だ、ゆっくり寝てろ。じゃあな。」

「ん、おやすみ!」


部屋から出ると、廊下はとても静かだった。俺の足音だけが小さく聞こえる。部屋に戻ったらもう一度、あの本を読もう。そして切れているページについて、刹あたりに聞きにいったほうがいいかも知れない。もしかしたらそれが、なまえを苦しめているものの原因かもしれないのだから。俺にできることならなんでもしてやろうと、心に決めた。窓から見えた月は、そんな俺を励ますかのような、大きな大きな満月だった。夜空に浮かぶ輝かしい満月も、目の前のことに一生懸命になっていた俺も、これから起こることなんかまったく予想してなどいなかった。




―モットチカヅキタイカラ。
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -