「さ、なまえちゃん!いっぱい食べてねー!お母さん腕によりをかけて作ったから!」

「おいしそうですー!いっただっきまーす!」

「なまえ姉ちゃん、コレうまいで!」

「お前ら煩いぞ。食事くらい静かにできんのか。」


今日の放課後から竜二くんちに3日間お世話になる。今は晩御飯の最中で、竜二くんのお母様が作ってくれた料理に舌鼓を打っているところだ。どれも見た目よし、味よし。それにしてもお母様一人でこの量を作ったのだろうか。あまりにも多かったので門下生の方たちも数人呼んで、皆で食べた。ふと、向かい側に座る竜二くんを見る。前から思っていたけど、箸の持ち方がとても綺麗だ。幼少の頃からしつけられたんだろう。私は刹に教えられてやっと最近ぎこちないながらも正しい箸の持ち方を覚えたというのに。

食後は、ゆらちゃんに連れられて花開院の敷地の庭園を散歩して回る。もちろん後ろからお母様がついてきていて、そのまた後ろから機嫌の悪そうな竜二くんがついてきている。庭園内にはちらほらと花開院の門下生やら陰陽師やらがうろついていて、私達を不思議そうに見ていた。私達を、というよりは私を、と言った方がいいかもしれない。竜二くん、ゆらちゃん、お母様以外の方々にはほとんど会ったことがないから、私をどこのどいつだと思う人の方が多いわけで。でも皆さん竜二くんの仏頂面を見て何かを納得していくのはなぜなんだろう。眼鏡をかけた天パのお兄さんに「君も大変だね。」と言われたけどどういう意味だろう。

散歩の後はゆらちゃんのお部屋に呼ばれ、お母様も混じって女子会が開かれた。お母様には私の好きな食べ物だとか、嫌いな食べ物を聞かれた。「好きな食べ物はオムライスだ」と答えると、「竜二ったら、やるじゃない!」と、ゆらちゃんと共に騒ぎ始めた。なんでそこで竜二くんが出てくるんだろう。ゆらちゃんには高校生活についてたくさん質問された。私の学校生活から、竜二くんの学校生活のことまで聞かれ、そこからどういうわけか恋愛話に発展し、私は今窮地に立たされている。


「なあなあ、実際どうなん?なまえ姉ちゃんは兄ちゃんのこと好きなん?」

「すっ、…好きとかじゃないよ!いや、人間としてはもちろん好きだよ!?」

「えー、ホンマに?」

「本当だよ!」

「じゃあじゃあ、なまえちゃんはもし今、竜二に好きって言われたらなんて答える?」

「え…」


竜二くんにもし好きだと言われたらどうするか。冗談で聞かれたのだろうから冗談で軽く受け流せば良いものを、何故か私は真剣に考えてしまった。誰かに好きだと言われるのは素直にとても嬉しい。もし、言われた相手が竜二くんなら、且つそれが恋愛的な意味であるなら、どうだろう。私はその時なんて答えるだろう。そこまで考えて、思考回路をストップさせた。だってそんな事あるはずないし、仮に、本当にもしそんなことがあったとしても私なんかが"友達"というボーダーを越えて竜二くんの隣にいてもいいはずがない。きっと、NOと答えるだろう。本当はそこまで答えを導き出していたけれど、NOという言葉に心がごねる。YESかNOか、迷う時点で気付いていたのに。すべては竜二くんのため。…こんなに竜二くんのことを考えるなんて、私はもうとっくに。


「…ちゃん、なまえちゃん?」

「っ、はい!」

「そんなに真剣に考えなくても!うふふ、冗談よ冗談!」

「で、ですよね!」

「まあお母さんとしてはそうなってくれたら嬉しいんだけどねー。」

「あはは、もう、お母様ったら…。」

「あら、もうこんな時間。なまえちゃん、ゆらと一緒にお風呂に入ってきたら?」

「そうやった!なまえ姉ちゃん一緒に入ろうー!背中流したるで!」

「ありがとうゆらちゃん。じゃあお風呂お借りします。」


お風呂は大浴場と個室があったが、ゆらちゃんと一緒なのでもちろん大浴場に向かう。身体に湯をかけ、全身を洗っていく。今日は体育の授業で汗をかいたから入念に洗おう。髪を洗ったあとは、ボディーソープをネットで泡立て、身体の方を洗う。自分で胴、胸元、腕、足を洗い、背中はゆらちゃんが洗ってくれた。そういえば誰かにこうやって背中を流してもらったのは本当に久しぶりだ。懐かしい感覚と記憶がよみがえる。少し切ない気持ちになりながらも、ゆらちゃんの温かい手の温度を感じながらその心地よさに浸っていた。


「なまえ姉ちゃんっておっぱいあんまないんやね。」

「…そうだね、ちなみにそれ結構気にしてる。」

「わあっ!ごめんななまえ姉ちゃん!ほら、私もないで!って、アレ…?」

「ん、どした?胸が急に成長でもした?なーんちゃって。」

「ちがくて、…なまえ姉ちゃん、この痣なあに?」

「ん…?ああ、小さい時からあるんだよ。怪我とかじゃないから気にしないで?」


ゆらちゃんが気にしたのは、私の右のわき腹あたりにある少し大きめな痣だ。このくらい大きな痣ならどうしてできたかくらい覚えていてもいいだろうが、物心つく前からあったから記憶がない。きっと小さい時にどこかにぶつけて、残ってしまったのだろう。初めはその程度にしか考えていなかったが、よく見るとこの痣には何か模様のようなものがあった。しかし今ではこの痣もだんだん薄くなってきていて、きっとそのうち消えてなくなるだろう。しかも自分では見にくい位置にあるから、最近は全く気にしていなかった。痣のことを知っている刹だけは、しょっちゅう痣の状態を気にしていたようだけど。ゆらちゃんは「痛くないんか?」と、痣を凝視しているが、本当に大丈夫だよと返すと、そっか、と心配そうに私を見た。

「痣はよう消えるといいね。せっかくのべっぴんさんが勿体ないで。」

「いやいや、ゆらちゃんのほうが数倍べっぴんさんよー?」

「んなことあらへん!私、なまえ姉ちゃんが羨ましいわー。」

「…私はゆらちゃんが羨ましいよ。」

「…そうかぁ?」

「うん。ほら、綺麗なお母様と面白いお兄ちゃんがいるしね!」


それからしばらく他愛のないお喋りをして、2人で浴場を出る。脱衣場で涼みながら、またおかしなお喋りをする。ゆらちゃんといると話が尽きなくてとても楽しい。私もできることならこんな可愛い妹が欲しかった、竜二くんが羨ましい。バスタオルで体を拭きながら、それをゆらちゃんに伝えると、「私もあんな嘘つき鬼畜兄ちゃんじゃなくてなまえ姉ちゃんが姉ちゃんならよかった」とゆらちゃんは言った。あはは、と笑うと、その時ガラガラと扉の開く音がした。お母様だろうか、そう思ってバスタオルで前を隠したまま扉の方へ向かう。しかしそこにいたのは…


「りゅりゅりゅりゅりゅ竜二くんっ!?」

「っ、なんでなまえがここにいる!」

「なまえ姉ちゃんどうしたんや…ってなんで兄ちゃんおるん!変態!見んといて!」

「ちっ、お前の裸なんぞ見ても勃たんから安心しろ、ゆら。」

「勃っ…!」


竜二くんは私達を前にしても特に動じる様子もなく、私をジッと見た後、「もう男湯の時間だからさっさと出ろ」とだけ言って扉の向こうに姿を消した。そうか、ここのお風呂は時間で男湯と女湯をわけているのか。私とゆらちゃんがお喋りをしている間にどうやら相当時間が経っていたらしい。確かに長湯した私達が悪いのだが、仮にも乙女の素肌を見たのだから詫びの一言くらい欲しかった。そして何で最後にジッと見た。扉の向こうでは何やらガヤガヤと男性の声が聞こえ始めたが、中に入ってくる気配はない。しかしさっさと着替えて出ないとまた二の舞になると、私達は超特急で着替えを済ませ、脱衣場を出た。脱衣場の扉の前では竜二くんがいつもの仏頂面で仁王立ちしていて、他の男性が脱衣場に入らないように足止めしてくれていた。私の方をちらりと見ると、「悪かったな」と一言。そのあとに「覗く程でもなかった」なんて事冗談でも言わなかったら素直に許してあげようと思ったのに。どうせ私はおっぱいありませんよーだ。


「ゆら、ちょっとこい。」

「なんや兄ちゃん。…姉ちゃん、先行ってて?」

「うん、わかった。」


竜二くんがゆらちゃんを呼び止め、誰もいなくなった廊下で2人で話をし始めた。なんだろう、仕事の話だろうか。妙なタイミングの話し合いだったから多少気にはなったけれど、私が首を突っ込むことでもなさそうだったので、私はゆっくりとした足取りで貸していただいた客間へ向かった。





―ホントウノキモチハ、ムネニヒメテ。
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