竜二くんにお茶を出すため湯を沸かしに水場にきたが予想していた通りそこで捕まってお母様のお部屋へ連行されてしまった。滅多にこないお母様のお部屋は、当たり前のことだがお母様の香りがする。棚の上に飾ってある写真たての中では、今は亡きお父様と、今目の前にいるお母様が笑顔で写っていた。


「なまえ…、竜二さんとは同じ学校のようね。」

「…はい、そうです。」

「同級生なの?」

「はい、クラスは違いますけど。」

「そう…。」


まわりの酸素が急に薄くなった気がした。実際は私の呼吸器官が緊張により強張って、体内に取り込める酸素の量が減っただけなのだが。酸欠にならないように静かに、大きく深呼吸をする。お母様の目線が痛い。突き刺さるような鋭い目つきに、全身が悲鳴をあげる。

いつからこうなってしまったんだろう。お母様は変わってしまった。理由はわかっている。ひとつはお父様の死、もうひとつは私の才能の無さ。さらにお父様の死には私が大きく関わっているから尚更だ。お父様が亡くなってからすぐに、お母様は私とあまり会話しなくなった。食事の時にも、就寝前にも。それから私は保育園に入れられ、小、中、高と学歴を積んできたが、みょうじ家に学歴のある者は数少ない。みょうじ家にいる以上は原則、みょうじ家の人間に勉学を習うからだ。なのに何故私がこうも自由に学校に通い、普通の生活をしているのかという理由は単純。お母様が私といることを避けているからだ。避けるだけでなく、学校に通わせることで私との時間を無くそうとしている。この間、竜二くんに何故自由に出入りできるのか聞かれたが、こういう理由があるから言えなかった。言いたくなかった。何年か前に雪芽が才能を開花させてからはお母様は雪芽を可愛がるようになり、私の存在は邪魔なものでしかなくなった。自分はここに必要のない人間なのだ、そう悟ってからは、私もお母様を、みょうじ家を避けるようになった。真っ直ぐ家に帰らず土手で暇をつぶしているのは家に帰りたくないから。携帯を家においていくのはどうせ誰からも連絡なんてこないから。それでも家出したり、道を逸れたりしないのは刹がいたから。馬鹿な刹、あの日お父様に言われたことを忠実に守って、私から離れようとしない。嬉しいけれど、苦しいよ。無理に居場所をつくられているみたいで。かく言う私もきっと馬鹿だ、自分がこんな状況になっているのにお父様の言いつけをまだ守っているのだから。…大きな心で寂しい人を包め、か。


「竜二さんはどんな方なの?」

「…普段は仏頂面ですが、思いやりのあるとても優しい方です。」

「仲良くしていただいているのね?」

「ええ。」

「…なまえと竜二さんはどういう経緯で出会ったのかしら?」

「この腕の怪我を治療してくださる為に家に連れて行ってくれました。」

「…その怪我はどこで?」

「…妖怪を退治する際に負った傷です。」


ふう、といかにもわざとらしくため息をつかれる。そして再び刺さるあの目線。私は恐怖で身を縮めていることしかできなかった。早くこの場から逃げ出したくて、何か理由はないかと探す。…あ、そういえば私お茶汲みに来たんだった。


「どうせまた低級相手に負った傷でしょう。…あまり恥をさらさないでちょうだい。」

「はい…、申し訳ありません。あの、お母様。」

「なあに。」

「竜二くんにお茶を出さないといけないので、そろそろよろしいでしょうか。」

「…そういうことは早く言ってちょうだい。」

「はい…。では、失礼します。」


襖を開け、出て行こうとする私に、なまえ、と声が降りかかった。なんでしょう。そう答えると嫌味が籠る微笑みを向けられた。


「今、雪芽が竜二さんに挨拶をしているはずだから。あなた部屋に行ったらそろそろ戻るように伝えておいてちょうだい。」

「…なぜ、雪芽を、」

「次期当主が花開院さんに挨拶もしないなんて、ありえないでしょう?それに、」

「…なんですか。」

「…いいえ、なんでもないわ。そうそう、明日から3日間家を空けなさい。大きな仕事が入ったの。雪芽と刹には手伝ってもらうわ。…さ、戻りなさい。」


部屋から出て、長い廊下をどこまでも歩く。今日はとてもいい天気なのに、気分は晴れない。ふと足を止め、空を眺める。夏の雲が青い空をまばらに覆う。なんだか、あの日お父様と見た空によく似ている。


「空みたいになれって、馬鹿かあの親父。…空しいだけだよ、そんなの。」


ポツリと漏らし、私は水場へ足を進めた。





―イバショナンテ、ドコニモ。
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