こっちだよ、と手招きするなまえの後に続けば、大きな木で木陰の出来た場所に出た。裏庭にこんなところがあったのか、滅多にこないからこんな穴場があるとは思わなかった。暑い日差しの下で唯一冷たい風の通る場所。なまえと弁当を食うために連れてこられたこの場所はなんだか秘密基地みたいだし、なかなか趣のある所だった。なまえは木を背もたれにして座った。俺も少しずれた所で木にもたれかかり、すぐに弁当の包みを広げる。箸をとり、食べようとしたら「竜二くん!」と待ったをかけられた。


「なんだ。」

「いただきますしてから食べなきゃダメだよ!」

「…。」

「そんな顔しないっ!いただきまーす。」

「…いただきます。」

「あははっ、大変よくできました。」


笑いながらそう言うと、なまえもスプーンを取り出し、弁当をつつく。俺は自分の弁当をつまみつつ、なまえの弁当の中身を見る。俺の和食弁当とは正反対の、洋風な弁当。色とりどりの野菜、タコの姿に模られたウインナーやオムライス。普段、洋食を食べないわけではないが圧倒的に和食が多い俺にしてみたら洋食の弁当はかなり輝かしく見える。なまえはオムライスに夢中になっているようで、幸せそうに頬張っている。今の隙におかずを奪ってしまおうと、なまえのおかずの入った弁当箱に箸をのばすと案外簡単に奪うことができた。俺の行動に気付いたなまえはああ!と大声をあげた。


「私のタコさんウインナー!今日のは傑作だったのに!」

「オムライスに夢中になってるお前が悪いんだ。…って、これお前が作ったのか?」

「お弁当くらい自分で作るよー。竜二くんのももらうからねー。」


なまえは俺の弁当箱を吟味して、おかず選びをしている。しかし驚いた、まさかこの女が自分で弁当を作るとは。みょうじ家程の陰陽一家なら門下生や女中が作るもんだと思っていたから。奪ったウインナーを頬張りながら、なまえのスプーンの動きを見る。うん、なかなかうまいウインナーだ。その時、これいただくね!となまえが煮物に手をのばした。


「っ、それはダメだ。」

「なんでー!これがいいよー!」

「そりゃ食いかけだ、諦めろ。」

「…竜二くんってそういうの気にするタイプ?」

「普通はするんじゃねーのか。」

「私はあんまりしないなあ、刹の食べかけとか普通にもらうし…。」

「…ほら、食え。」

「え!いいの!?」

「ああ。そのかわり、」

「うん?」


もう刹の食べかけはもらうな。自分にどういう意図があってそう発したのかはよくわからない。心の中がムズムズした。糸が絡まって、解けそうだと思って引っ張ったら余計絡まったような、妙な感じが俺の中でぐるぐるまわる。俺の感情記録にこんな履歴はない。一体どうしてしまったんだ、問いかけるが、実際その問いかけは誤魔化しだ。気付きたくないという思いが、その真実を塞ぐ。なまえはお得意のキョトンとした顔をした後、ニマっと笑った。まずい、このドヤ顔で発せられる言葉はきっと、「刹に嫉妬したでしょ?」に決まってる。


「さては竜二くん、刹」

「あーあーあーあーあーあーあー。」

「うるさいよ竜二くん!図星だからって大声出さないで!」

「違ぇ!誰が嫉妬なんかするか!」

「え?嫉妬?…あぁ、私に嫉妬したの?」

「なぜ俺がお前に嫉妬する!」

「だって竜二くん、刹の食べかけ私にとられたくないからコレくれたんでしょ?」

「…はぁ?」

「大丈夫、私は理解あるから!いわゆるボーイズラ」

「違う。断じて違う。」


違うの?と不思議そうに返された。やはりこいつはどこかおかしい。天然、というか、ただ馬鹿なだけなのかもしれないが。というか、ボーイズラ…もとい同性愛だとか、普通に発するのはやめさせたほうがいい。みょうじ家では一体どういう教育をしているんだ。


「え、気になる?」

「ああ。って、」

「口に出てたよ?…気になるなら来てみる?うちに。」


あまりいい思いはしないと思うけど。ケラケラ笑いながらどこか寂しげな表情の理由と、あまりいい思いはしないという言葉の意味を知りたくて、是非行かせてもらうと返事をした。(今日は用事あるから、明日ならいいよ。じゃあ明日の放課後校門前ね、)約束。と言って無防備に差し出された小指の意味を理解するのに少し時間がかかり、さらにその行為をするのを躊躇ったが、こうも笑顔で言われてはやらないわけにいかない。俺がいつもより眉間に皺を寄せていたのは照れ隠しだということは絶対誰も知らないだろう。なまえの小さな小指に自分の小指を優しく絡ませると、その瞬間爽やかなそよ風が吹いた。




―キミヲモットシリタイカラ。
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