今日は部活が休みだったから、教室で友人と世間話をしてから早めに寮に戻ろうと思い、今俺は生徒昇降口へ向かっていた。昇降口に着き、下駄箱から履きなれたローファーを取り出すと放り投げるように床に置いた。その時の衝撃音がダブって聞こえた。ふと、もう一つの衝撃音の正体に目を向けるとそこにはみょうじがいた。奴も俺と同じようにローファーを放り投げるように置いたようで、左足のローファーがひっくり返っていて、みょうじはそれを直すようにしゃがみ込んだ。


「ようようみょうじ、今お帰りですか。」

「あっ犬飼先輩!お疲れ様です。先輩も今お帰りですか。」

「そうですよ…っと。どうせだから一緒に帰るかー。」


ローファーを履きながらそう言う俺に、どうせだからは余計ですとみょうじが言った。それを適当にあしらうと俺はドアを開けて、みょうじが通れるようにした。みょうじは一言礼を言うと、歩き出した俺の横でぴょこぴょこと跳ねるように歩く。落ち着きがないというかなんというか、まあ良く言えば小動物みたいで可愛い。俺よりもずっと背の低いみょうじ、なんだかそれだけで彼女が女であることを強く主張されてるみたいで、今になってやっと一緒に歩くことの恥ずかしさを感じた。嫌なわけじゃない。むしろ逆で、みょうじといる時間は心地よくて、大切だ。こんなことを感じているなんて俺らしくない。そう思って祓いきれない思いを無理やりに祓った。後ろから、人が走ってくる気配がした。多分部活で走ってる奴がいるんだろうと思って特に気にすることもなく歩き続けたが、走ってきた人物はみょうじにぶつかってしまってみょうじはバッグを地面に落としてしまった。どうやらみょうじとその人物は知り合いなようで、みょうじに詫びを入れた後、颯爽と走り去ってしまった。


「まったく、拾ってくれてもいいのに…。」

「大丈夫か、お前。つーか今の知り合い?」

「大丈夫ですよ。あれはクラスの…あれ、名前なんだっけ。」


みょうじはバッグについた土を掃いながらクラスメイトの名前を必死に思い出そうとするが結局思い出せずに再び歩き出した。えへへと誤魔化して笑うみょうじ。こいつらしいといえばこいつらしいが、クラスメイトの名前くらいは覚えた方がいいと思う。それにしてもさっきの奴、詫びを入れただけで去るとは無礼極まりない。何か大事な用事でもあるのだろうか。それをみょうじに何気なく言うと思い出したようにみょうじが言った。


「そういえばあの人、彼女が出来たって教室で言ってましたよ。」

「彼女…となると、今日は放課後デートってとこか。青春ですねぇ。」


そうですねと一言言った後、みょうじは下を向いた。落ちていた小石を蹴って、サッカーのドリブルみたいにどこまでも蹴っていった。時々俺の前に転がってきたから俺もみょうじの方に蹴り返してやると再びみょうじはどこまでも蹴り続けた。犬飼先輩。それまで無言だったみょうじが突然喋ったから少し驚いたが、なんだよ、と聞き返した。先輩は好きな人いますか?そう聞かれた。知らないってのは罪だ、お前にそれを聞かれるのが俺にとっては一番酷だということをみょうじは知らない。知るはずがないから仕方ないのだけど。


「教えてやらねーよ。」

「ぬっ、なんでですか!」

「お前に教えたところで俺に得はない。」

「いいじゃないですか、教えてくださいよ!私たちの仲じゃないですか!」

「ったくどんな仲だよ…。あ、宮地。」

「えっ!」


弓道部の部室の前までくると、宮地がちょうど部室から出てきたところだった。みょうじはパッと部室の方を見ると、先程とは少し違う笑顔でそちらを見た。しかしその笑顔は宮地の後から出てきた夜久の登場によって掻き消された。俺はみょうじの気持ちを知っている。だから、笑顔が消えたのは夜久の事が嫌いだとかそんな理由じゃないことも知っている。ただ単に嫉妬、それだけだ。宮地と夜久は俺たちに気付かず、二人並んで寮の方へ歩き出した。どんな会話をしているかなんてはわからない。でも遠目に見える二人の顔には穏やかな笑みが浮かんでいたからきっと楽しいんだろう。その光景を俺とみょうじは立ち止まってジッと見ていた。みょうじが今何を考えているか、俺には分からなかった。話しかけることが出来なくて、歩き出すことも出来なくて。とにかく宮地と夜久が見えなくなるまで一緒に茫然と立っていた。


「…ごめんなさい、立ち止まっちゃって。」

「や、気にすんな。ほら行くぞ。」


先程とは全く違う空気が流れる。さっきの空気の重さが5キロだとすると今の空気は50キロくらいだな。なんて意味の解らない例えしかできないほど俺の心は乱れているようだ。みょうじが今の光景を見て、今何を感じているか。そんなことは少し考えれば簡単にわかった。でもそれは俺にはどうしてやることも出来なくて、胸がギュッと締め付けられた。


「私実は、月子先輩から相談受けてたんですよー。」


苦しい笑いを一生懸命に作りながらみょうじが言った。痛々しいその笑顔にはどうしようもない遣る瀬無さを感じた。みょうじは夜久から、宮地が好きだと告白されていたと言う。そしてそのことで何度も相談に乗ってきた。宮地と夜久を二人きりにするだとか、近況報告を聞くだとか、そういった手助けをしてきたと言う。


「それに宮地先輩もわかりやすいんで、二人の気持ち知ってたんです。実はここのところ、月子先輩から良い報告ばかり聞いてたので嬉しい反面傷ついてました。あははっ。」


顔全体には自虐的な笑みを浮かべ、目には涙を浮かべ。浮かんだ雫が頬を伝うことを拒み、みょうじはごしごしと腕でそれを拭いた。それ以上何も言わなくなったみょうじは、時々小さく嗚咽するだけだった。前は見えているだろうか。転んだりしないだろうか。俺たちの気持ちに関係ないことを一生懸命に考えて、自分の気持ちを殺した。こんな時、「俺の胸で泣け」とか「俺にしとけ」とか、格好いい事言えたらいいのに。でも、冗談でも言えなかった。だって、だって。

















それは俺ではないから


















そう自分に言い聞かせて、気持ちを押し込めた。















***


企画サイト、詩の中の物語様に提出
- ナノ -