「はあ…。」
普通の教室の三分の一くらいの大きさしかない教材室。なぜ土曜で休日である今日、学校の教材室にいるのかというと課題のレポートを書くための資料を探しにきたという簡単な理由だ。午前中は図書館で調べものをしていたのだがあまりいい資料がなく先生に相談しにいったところ教材室を探ればいい感じの資料が見つかると言われたため、昼食をとって一休みしてからこの教材室で再び資料探しを始めたというわけだ。資料はいとも簡単に見つかった。しかし、先生についでだからとってきてほしいと言われた教材をある理由でまだこの手にすることができず、私はため息をついていた。その理由とは、教材が一番上の棚にあり、私では手が届かないということだ。背伸びをしてみてもジャンプをしてみてもこれっぽっちも届く気配がなく、誰かに頼もうにも今日は休日であって廊下には人っ子一人も見当たらない。踏み台を見つけたが低すぎて届かない。先生を呼びに行ってもいいが職員室はここからかなり遠い。どうせ行くなら一度休憩してから行こうと思い、私は自分のバッグから飴の入った袋を取り出すと、その中からリンゴ味の飴を抜き取り、パリパリと音を立てて袋を破り中身を口に放り込んだ。口いっぱいに甘い味が広がって、でも最初だけちょっと酸っぱくて。口の中のそれに集中していたから教材室のドアが開いたことになんて私は気付いていなかった。
「せーんぱい?」
「う、うわあ。」
「なんですか、そのあんまり驚いてない驚きかた。」
声のした方を見ると、そこには梓君が立っていて大きなお目目で私の事をじっと見ていた。どうしてここにいるんだろう。そう思ったが、その答えは自分の中で解決した。今はもう夕方近くで部活が終わる時間だしここは一年の宇宙化のある棟だから忘れ物とか何かを取りにきたんだろう、そしてガサゴソと教材室を探る私を発見したのだろう。梓君は部屋に入ってドアを閉めると、私のもとへ歩み寄ってくる。座っていた私の隣にしゃがみこむと至近距離にある整った顔立ちに思わずドキドキしてしまった。私が顔を逸らすと、梓君は今日もかわいいですねと言ってニコニコしていた。この子はきっと確信犯。そうに違いない。次に梓君は、鼻をくんくんと利かせはじめた。
「みょうじ先輩、なんか甘いにおいがします。」
「飴食べてるからね。」
「飴ですか、いいですね。僕にもください。」
「えー。」
梓君の隣にいるのがドキドキしすぎて耐えられなくなった私は立ち上がり、再び教材をどうにかして降ろそうと試みるがやはりどうにもできそうになかった。
「パンツみえちゃいますよ?」
「っ!」
「大丈夫です。見てませんから。」
「…。」
「せーんーぱーいっ。飴、くださいってば。」
「…リンゴとブドウとハッカとメロンとオレンジ、どれがいい?」
「僕っぽい味選んでください。それいただきますから。」
「ハッカ。」
「嘘ですよね先輩?ハッカいらないからって即答で嘘つかないでください。」
はいはい嘘だよと言って梓君にブドウ味の飴を手渡した。梓君はありがとうございますと微笑むとそれをポイッと口へ放り込んだ。どうやらブドウ味の飴も舐め始めは酸っぱいようで、梓君の顔に少しだけシワがよった。
「というか先輩、ここで何してるんですか?」
「先生に教材とってきてって頼まれたんだけど届かないから休憩してた。」
「教材…ってあの箱ですか?」
私が頷くと、梓君が棚に近づいていって教材に手を伸ばした。けれどもやっぱり梓君の身長じゃ届かない。梓君もお手上げのようで、少しだけ口をとがらせた。あ、その顔すごくかわいい。…じゃなくて。
「梓君でも無理かー。よし、諦めよう。」
「すみません。僕がもう少し大きかったらみょうじ先輩のお役に立てたのに。」
「いやいやいいんだよー。気にしないで。」
「高いところにあるものは翼がとってくれるのでこんなことで困ったのは初めてです。まったく、あの身長分けてほしいですよ。」
翼…翼…。ああ、あの生徒会の発明家さんか。確かに彼は身長があって男の子らしい体格だと思う。中身は知らないけど。でも梓君の細身で小柄な体型もなかなかいいんじゃないかな。その筋の人たちには相当モテるんじゃないかな。とその時、梓君の掌が私の頭の上に優しく乗せられた。突然その行為をされたことと、思っていたより大きくてカチッとした男の子らしい手に心臓が口から出てきそうになった。
「ちょっ…」
「先輩って身長何センチですか?僕より8…9センチ小さいくらいかなあ。」
「ひゃ…156センチです…。」
「あー、おしい!10センチ差でしたね。」
すぐ目の前で笑う梓くん。もちろん私の頭上には梓君の手が乗っていて、今はそれを左右にふって頭を撫でられている状態。なんだか子ども扱いされてるみたい。私の方が年上なのに。でも久しぶりに頭を撫でられて安心している自分がいるのは否めなかった。
「さて先輩、あれを取るために共同作業しません?」
「共同作業…ってどうするの?」
「そうですねえ、おんぶ…じゃ多分届かないので肩車なんかどうでしょう。」
かたぐるま?私は一瞬自分の耳がおかしくなったんじゃないかと思ったがどうやら聞き間違いでもなんでもなさそうだ。梓君は私に背を向けおもむろにしゃがむとさあ乗ってくださいと言った。いや待て梓君、忘れられたのなら仕方ないが、私は一応女だ。その、肩車っていったら、恥ずかしいじゃないですか。それに体重とか気になるしいい年こいた女子高生としては避けたい道だ。
「いや、梓君、それはちょっと…。」
「なんですか。…あれ、先輩もしかして恥ずかしいんですか?顔が真っ赤ですよ。」
「別に恥ずかしくなんかないです。ほ、ほら、梓君華奢だから私なんか乗ったら折れちゃうよ。」
「僕ってやっぱり非力に見えます?何気に傷つくんですよね、それ。」
いつもの悪い癖。強がって恥ずかしくないと言ってしまったけれども本当は顔から火が出るほど恥ずかしい。こんなんじゃ月子にツンデレと言われても否定できない。私的にはデレの部分はないと思うんだけど。梓君はシュンとした顔で、頬を膨らませてしまった。やっぱり男の子としては華奢な体型はコンプレックスになるのだろうか。梓君の気持ちを考えないで発言してしまった自分を殴りたいああごめんなさい梓君なんてお詫びをしたらいいのでしょうかけれどもわかってね私は君のことを非力だとか思ったわけじゃないんだよただ肩車されるのが恥ずかしかったから言い訳というかなんというかああああぅああ!?
「先輩、これでも非力だって思います?」
「あっ、梓くん!!」
梓君へのお詫びの言葉を考えていたら突然体が宙に浮いた。何事かと思ったら私の股の間から梓君の頭が出ていて、(言い方に語弊があるかもしれませんがそこは感じ取ってください)私は見事に肩車をされていた。膝には梓君の手が添えられていてなんだかくすぐったい。掴まるところがないと不安定なので私は無意識に梓君の頭を掴んでいた。髪の毛がサラサラしている。教材の置いてある棚の前まで移動すると、梓君はそこで止まった。
「これなら届きますよね?」
「う、うん。ちょっと待ってね今とるから。」
「先輩。」
「なに?」
「こんなに密着してると変な気分になります。」
「っは!?」
「なーんて、冗談です。先輩今顔真っ赤ですよね?」
「〜っ、うるさいっ!ほら!とれたから降ろして!」
あははと笑いながら梓君は私を地上へ降ろした。太ももあたりにあった梓君の温もりがなくなったせいか、足元がすこしひんやりした気がする。そのぶんの熱が顔に集中しているのがわかって私は梓君の顔を直視することができなかった。
「やっぱり真っ赤ですね、可愛い。教材もとれたし、よかったですね。」
「…り…とう。」
「え?なんですか?」
「手伝ってくれてありがとうって言ったの!」
キッと睨みつけながら言ったつもりだけど多分顔が赤いせいであまり威圧感はないだろう。手伝ってくれたお礼は人として言わなければならないし、本当に感謝はしているからキャラじゃないのを自覚したうえでお礼を言った。梓君は目を見開いて、ぱちくりした後口を開けてあははと笑った。
「先輩ってほんとにたまにデレますよね、ははっ。」
「デっ…、デレてない!私は人として当たり前のことを…!」
「普段がツンだからそう感じるんですよ。あはは、本当に先輩って面白いです!面白いし…」
「面白いし?」
そう聞き返すと、梓君は私の腕の中にある教材をひょいと持ち、出口に向かって歩き出し、私にも来るようにと促した。もう一度、面白いし…の続きの言葉を尋ねると、教えてあげませんと言われた。
身長メランコリー
―小さくたって、関係ないですよね?
「小さくてもいいと思うよ。」
「なんでですか?」
「え?うーんと…ほら!梓君の表情がよく見える!」
「先輩って、本当に…。」
「なに?」
「鈍感な人には教えません。」
***
小さくても男の子な部分がちょっとでもあればすごくドキドキする私です。小さくても力持ち、とか。ははは(笑)吐血してもいいですか(笑)ヒロインの身長は私の身長です。ごめんなさい。梓がセクハラしてます。ごめんなさい。