「なんでなまえは必ずこの時間に外へ出るんだ?」


毎晩のように公園で顔を合わせるようになってからもう二週間が経とうとしていた。黒羽丸は初歩的な質問をなまえに投げかけ、返答を待つ。いつも黒羽丸が話しかけ、なまえはそれに二、三言返す。端から見れば冷めきった会話だがそれが彼らのスタイルだった。仮に、もしもなまえがマシンガントークであったら口下手な黒羽丸は困り果てていただろう。そのことを考えると、この関係、このスタイルが黒羽丸にとっては心地良いものだった。またそれはなまえも同じで、質問や会話を投げかけては来るが深く突っ込んでこない黒羽丸に安心感を抱いていた。お陰で変な雰囲気になることはないし家では味わえない解放感がなまえに心的快感を与えた。要するに、二人は既に惹かれあっていた。だが、それを確認したりはしない。黒羽丸は妖怪であり、なまえは陰陽師である。ここで馴れ合っていること自体がなまえにとっては罪なことなのだ。それを互いに理解していたため決して気持ちを言葉にはしない。言葉にしてしまったらきっともう一緒にはいられない。だが、既に心の中で繋がっている。口にできない暗黙の想いだったが互いにそれで今は満足だった。


「お父様が眠っているから。」

「親父が寝ないと散歩できないのか?」

「私はお父様に支配されてるからね」

「…どういうことだ?」


いつもならば、こんなに深く質問はしない黒羽丸。だがなまえの父の話題になると急に探りをいれた。黒羽丸はぬらりひょんの言った「なまえの父は感情が欠落している」という言葉に引っかかっていた。そしてなまえが父に支配されているというなんとも気にせずにいられない発言。なまえを知りたいと思う気持ちから深く突っ込みつつあった。


「どういうって、そういう意味さ。私は自由の身じゃない。お父様の意に反することをしたら今度こそ本当に殺されてしまうだろうね」


黒羽丸を100%信頼しているなまえも突っ込まれたことに対しいつも通り淡々と答える。


「あの人は、失うことの恐怖という感情が、欠落しているんだよ。」


今度こそ殺されてしまう…。その言葉を聞き、黒羽丸はぬらりひょんの言ったかわいそうな子、命、心という言葉の破片を思い出していた。そして、すべてがリンクした。ぬらりひょんが昔みょうじ家で飯を食ったのはなまえがぬらりひょんを人間と間違い入れてしまったからだ。妖怪を招き入れる陰陽師なんて世間一般論で言えば、言い方は悪いが粕だ。自分の娘がそんなことをして家に妖怪を招き入れたことになまえの父親は激怒したことだろう。そして、失うことの恐怖を知らないとくれば、あとは"処分"するのみ。なまえの父にとって、全てのものはゴミと一緒なのだ。役に立たないもの、いらないものは"処分"して当たり前。失ったとしても痛くも痒くもない。大事な大事な感情がないなまえの父に同情を覚えてしまう。しかしそれよりもなまえに同情をするほうが自然だろう。もちろん黒羽丸もなまえの方に同情を寄せていた。そして、その呪縛を解いてやりたいという気がむくむくと膨れ上がる。


「なまえ、逃げないのか…?」

「…逃げたいと何度も思った。」

「じゃあ…!」

「でもできないんだ。あの人は私が見ていないときっと次々に手をかけるから。」




「わかってるじゃないか、なまえ。さぁ、その忌まわしい妖怪を滅してさっさと家に帰ろう。」




黒羽丸のものではない、低い男の声が聞こえた。バッ、と二人が振り返るとそこには和服を着た中年の男が不敵な笑みを浮かべ、立っていた。黒羽丸がなまえの顔を覗くと、みるみる青くなっていった。そして確信する。こいつがなまえの父親であり、固い呪縛の原因なのだ、と。男は段々に近づいてくると二人の前で止まった。


「なまえ。お前に二度目はない。そして今回がその二度目だ。お前は家に妖怪を入れて何をする気だ。…裏切り者は、"処分"しないとな。」

「貴様、実の娘を殺すというのか。」

「…妖怪よ、そもそもお前がなまえにちょっかいをださなければこうはならなかったんだ。よってお前も同罪とみなし、この場で滅する。無論、そうでなくとも妖怪は滅するのだがな。」


男は呪符を取り出すと陰陽術特有の呪文を唱えだす。天才陰陽術と言われるのなまえ父だ、やはりそれと同等、いやそれ以上の力を有するようだ。黒羽丸は呪文を聞いただけでも体の自由が利かなくなってしまい、反撃をすることができなかった。


「くっ…!」

「お父様、黒羽丸を滅する前に私をやってくださいませんか。」

「…なまえっ!?」

「ほう…?いいだろう。なかなか利口になったじゃないか。」


男は呪符を器用に懐へしまうと今度はそこから短剣を取り出す。このままではいけないと思いなまえを止めようとする黒羽丸だったが先程の呪文の効果が切れず、未だ動けずにいた。男は勢いよくなまえに襲い掛かる。


「なまえっ!!!!!」


黒羽丸がなまえの名を叫んだ刹那、鮮やかな紅が黒羽丸の視界を染め上げた。ひたすらの紅。そしてそれらは液体であり、飛び散ったそれが黒羽丸の顔や体に嫌というほどかかっていた。生温かく、気持ちの悪い感触が全身の神経を襲う。バサッ、とその場に倒れこむその人物を見て、黒羽丸は我が目を疑った。つい数秒前まで動いていた生命がやがて動かなくなった。人間の生命とはこれほどまでに儚いものなのか。あまりの人間の脆さに愕然としてしまった。


「なまえ…」

「あなたを助けるためにはこうするしかなかった。」


頬に血液をつけて悲しく微笑むのは黒羽丸の想い人、なまえ。なまえは動けない黒羽丸を助けるため自らを犠牲にすると見せかけ、実の父を殺めたのだった。男の持っていた短剣より少し長い短剣を持っていたなまえは結界で身を守りつつ男の懐へ凶器を滑らせていた。


「…無事で良かった。」

「なまえ…。俺はまたお前に助けられてしまったな…。」

「…黒羽丸。私は自分の罪をどう償うべきだろうか。死には死を持って償うのが筋なのだろうか…。」


死を持って償う、つまり自らも命を投げ出し代償とするということ。なまえの頭にはそれしか浮かんでこなかった。しかし黒羽丸はいいや、と頭を横に振り、なまえの手から凶器である短剣を優しく奪った。


「なまえがすべきことは死ぬことじゃない。生きることだ。奪った命の分も生きる事、それがなまえの償いであって俺の願いでもある。」

「生きる事…。」

「そうだ。なまえ、一緒に生きよう。今度は俺が、お前を守る。」


死体の転がる夜の公園で妖怪と人間が愛し合い、そして結ばれた。




* * *




その後、なまえは黒羽丸とともに奴良家で一生をすごし、二人幸せに暮らした。時々思い出される、あの惨劇、悲劇。思い出すたびに、それを乗り越えたからこそ今のなまえがあるのだ、と黒羽丸がなまえにそっと教える。今のなまえは幸せそのものだ。あの忌まわしい過去はそれを作るための過程だったのだとそう思うと自然と気がラクになる。しかし、ラクになるだけであって気が晴れるわけではない。だからこそ、黒羽丸という存在がなまえにとって必要不可欠であったしまた黒羽丸にとっても命を懸けて自分を二度も守ってくれたなまえを大事に思っている。正義のために、多少の犠牲は必要である。こんな言葉は二人とも大嫌いだ。だがしかし、時にその言葉を必要としなければやっていられない事もある。結局生きとし生けるものは皆不安定な存在であるのだ。"絶対"なんて存在しない。ただそれだけのことだ。だからこそ、揺れ過ぎないための安定剤がほしい。それがなまえにとっては黒羽丸で黒羽丸にとってはなまえである。妖怪と陰陽師というくくりがなくなった今、二人は自由に愛の言葉を囁ける。それが、二人にとってはなによりも幸せなことであるし、少し、ほんの少しだけ切ないものでもあった。























***


桜希さまリク黒羽丸で切甘、陰陽師夢主でした。途中で切甘より悲恋の方向に脱線してしまいましたが最後に頑張って切甘に漕ぎつけました。(笑)いや、切甘なのかは大分不明です。そして長すぎて2ページに及んだことを深く反省しております。妖怪と陰陽師、いけないですね。(笑)或る意味差別ですよね、人種差別、よくない。私は思うんです。愛しい人のためなら親なんて殺してしまうと。あ、もちろん特別な事情があったらですよ!何もないのに刺しません!←リクエストをくださった桜希さま、ありがとうございました!お持ち帰りは桜希さまのみです。
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