魔王×平凡
リクエスト



むかしむかし、僕がまだ小さかった頃、家に帰る途中で僕は攫われそうになったことがある。
その頃は、村から攫った子ども達を人身売買して金儲けをする輩が多く、僕もその標的とされた。
突然歩いてる途中で後ろから口を塞がれ、抵抗しようにも、子どもと大人じゃ力も身長差も違い、どんなに暴れても無意味だった。
親を既に亡くしている僕を心配してくれる相手はお爺ちゃんしかおらず、諦めた僕の頭の中では、お爺ちゃんへの不安が募った。
僕の事を心配して、もう年なのに無理しちゃったらどうしよう…僕は何としてでも生き延びるから、お爺ちゃんも少しでも長く生きていて欲しい。

抵抗もやめ、身体をダランとさせてなすがままにされていた時、口を塞がれていた手が突然離され、僕の身体は地面に落とされた。
なんだ?と尻餅をつきながら後ろを振り向くと、僕を攫おうとしていただろう男は地面に倒れ、その後ろには背の高い男の人が立っていた。
光の加減で顔はしっかりと見えなかったが、全身真っ黒な服やピリピリと肌に感じる圧倒的なオーラに、普通の人じゃないことだけはわかった。
ボーッと惚けながらその人を見ていると、近くにいた動物の形をした何かが『魔王様、お急ぎください』と言うと、その人は何も言わず、マントを翻した瞬間その場からパッと消えた。

あとから動物の形をした何かが言っていた言葉で、あの人がこの世界を牛耳る魔王様だったんだと知った。
この世界は5つの大国に別れ、どの国の王様も魔王様と和平を組み、平穏を保っている。
けれどどの国の王様も膨大な魔力を持つ魔王様の言うことには逆らえず、実質魔王様がこの世界のトップと言っても過言ではない。
魔王様は冷酷非道の残忍という噂で、少しでも魔王様の機嫌を損ねれば力の無いただの人間の僕達は簡単に滅ぼされてしまう。
だけど魔王様は攫われそうになっていた僕を助けてくれた。
だからどんなにみんなが『このままでは世界は魔王に乗っ取られてしまう』『このままでいいのか』『魔王を滅ぼすべきだ』と言っていても、僕だけは『それは違うよ』と反対した。
ただの子どもだった僕を助けるような人なんだ。そんな人が悪い人な訳が無い。
今は必死に各国の王様へ魔王様に手を出すなという文を出し、人間と魔物がこの先も平穏に暮らし、戦いが起こらないようにと祈っている。
そしていつか僕は、魔王様に助けてもらったお礼を言いたいと思う。
いつ叶うかわからないけど、それでも僕はあの日、魔王様に助けてもらったおかげで今もここに居られる。
だからそのお礼を直接魔王様に言いたい。




「よぉ、ケイト」
「久しぶりだなアル。こんなところでどうしたんだよ?都の方に行ってたんじゃないのか?」
お爺ちゃんの営むパン屋の手伝いで店番をしていると、カランカランという扉の開かれる音に顔を上げると、小さい頃からの友人のアルがいた。
アルは昔から強く、将来は稼ぎの良い王様の城で仕えたいという夢を叶え、今は村を離れて都で働いている。
アルはキョロキョロと周りを見渡し、誰もいないことを確認してから小さな声で『魔王討伐のための勇者様達がこの村を通るんだよ。それで、この村出身の俺が勇者様達の宿や食事の手配をすることになったんだ』と。
その言葉に僕の眉間にシワが寄るのが自分でもわかった。
とうとうこの日が来てしまったのか。
何も出来ず、ただただ不甲斐ない自分に怒りがわく。自分の力は弱く、恩人の魔王様の手助けすら僕には出来ない。

「そうなんだ…」
俯く僕に、アルはぎこちなく僕の頭に手を乗せた。
「…俺も、魔王様は良い奴だと思ってる。お前を助けてくれたっていう話もそうだけど、魔王様は強い力を持ってるのに俺達に危害を加えないだろ?むしろ俺は、魔王様に危害を加えようとしている王様達の方が悪い奴に思える」
それにどんな奴が現れても、魔王様は負けないだろ?だから心配するなと言うアルに、俯いていた顔を僕は上げ『当たり前だよ!魔王様は強いんだから』と笑った。
くしゃくしゃと頭を撫でるアルにやめてよと言っていると、少し強めにお店の扉が開かれた。

「もぉ、いい加減にしてよアル!…いらっしゃいませ…あっ、ルイさん。こんにちは」
しつこいアルの手を無理やり頭から退かせ、入ってきたお客さんを見るとルイさんだった。
常連客で毎日決まった時間に来てくれるルイさんに、いつの間にかもうこんな時間になっていたのかと慌てる。

「じゃあなケイト、また近いうちに遊びに来っから」
「おう」
ルイさんと入れ替わりで出て行くアルを見送ってからルイさんを見ると、少しぶー垂れた顔をしていた。

「どうしたんですか?」
「いや、何でもない…」
どう見ても何かありそうな顔をするルイさんに、僕より年上だけどすごく可愛いなとクスリと笑った。
「言ってくれないと僕もぶー垂れますよ?」
「…可愛いけど、それは困る……」
言葉通り困ったように言うと、僕の方へと1歩ずつ近付き、目の前まで来るとポスっと僕の頭の上に手を置いた。
なんだろうとジッとルイさんを見上げていると、優しく頭を撫でられた。
その優しい触り方に、思わず気持ち良くて僕の目が細まる。
「ケイト、可愛い。」
「…なんなんですか?これとルイさんがぶー垂れてたの何か関係あるんですか?」
「…さっきの奴が羨ましかった」
さっきの奴ってアルのこと?
もしかして、さっき僕がアルに頭を撫でられているのを見て、羨ましいって思ったとか?
だからルイさんも僕の頭を撫でたかったのかな?
「その…僕の頭でいいなら、いくらでも撫でてください。ルイさんに撫でられるの、すごく好きみたいなんで」

その日は怖いぐらいカッコ良くて、いつもピシリと整っているが、無表情顔がデフォルトなルイさんの色んな表情を、僕は見ることが出来た。



アルの言っていた通り、数日後、魔王城へ突撃するために、一旦俺達の村に勇者様達一行がやってきた。
その頃には勇者様が魔王様を倒すという噂は広まり、村人達は勇者様達がどんな人なのか一目見に、野次馬の如く酒場へと集まってきた。
僕も周りと同様に勇者様達はどんな人なのか見に行ったが、集まった村人達に『俺が勇者だ。魔王ごとき、俺がコテンパンにやっつけてやる。』と自信満々に言う勇者に、僕はあまり良い印象を持てなかった。
強そうだが、それと同時に性格が悪そうな勇者様達一行に、魔王様ならきっと負けないだろうと思ったけれど、大丈夫かなとも心配になった。


勇者様達がこの村を出てから1週間が経つが、未だに勇者様達が勝利したという話や、逆に負けたという話は聞こえてこない。
どうなったのかと魔王様の事が気になるが、それと同時に、毎日お店に来てくれていたルイさんも同じ頃から来なくなってしまって、俺は不安や心配が尽きない。
どうしたんだろうか、もしかしたらルイさんの身に何か起きたんじゃないかと気になるが、よくよく考えれば俺は、ルイさんの事をあまり知らないんだと気付かされた。
ほとんど毎日決まった時間にルイさんがお店に訪れるだけで、プライベートな話どころか、何をしている人なのかも、何処に住んでいるかも僕は知らない。
ただのお客さんなんだし知らなくても当たり前だとは思うけども、ルイさんは古株の常連さんの中の1人で、僕が店番するようになってからは欠かさず毎日来てくれていた。
それなのに突然来なくなるなんて、何かあったんじゃないのかと気になって仕方がない。



ルイさんが来なくなってから気付けばもう2週間が経ってしまった。
そしてこの村にもやっと勇者様達の情報が入ってきた。
勇者様達は僕達の村を出た後、あっという間に魔王様に負けて、尻尾を巻いて直ぐに王様のいる城に帰っていたらしい。
そして喧嘩を吹っかけてきた人間達に魔王様はお怒りになり、この世界を滅ぼそうとする。なんて事はなく、各国の王様の元に魔王様が直々に赴き『別に俺達は人間に危害を加えるつもりは一切ない』と伝えたらしい。
やはり魔王様は強くて心優しい人なんだなと僕は思った。
魔王様の事は解決したが、未だにルイさんはお店に顔を出さない。
今日もルイさんは来なかったなと店仕舞いをしようと片付けていた時、トントンと肩を叩かれ、『もしかしてルイさん?!』と思い振り向くと、そこには知らない男の人が立っていた。

「すいません…今日はお店、もう閉店しちゃっ……え?」
今日の営業時間は終了したことを伝えているとグイッと喉元にナイフを向けられた。

「…大人しくしろ。さもなければ殺すぞ」
「んっ…!」
先が喉元に触れ、ピリッと痛み、喉元に血が伝うのが感じる。
「金目のものを全て持ってこい!!今すぐにだ!」
「は、はい」
ゆっくりと僕が後ろに下がると、男も同じ距離だけ前へと進んだ。
僕の頭の中は真っ白で、どうすればいいんだと考えるが、何も浮かばない。
だけどふと、魔王様が僕の頭によぎった。
お願い、助けて…!

そう思った瞬間ナイフが宙に飛び、男は地面に倒れた。
突然の事に頭が着いていけず驚いていると、目の前には何処か焦った顔しているルイさんがいて、僕は思わず抱き付いてしまった。
「っううう…どこ行ってたんですか、僕、すごく心配してたんですからね……」
突然の僕の行動に驚きもせず、ルイさんは僕をギュッと抱き締めてくれた。
「…悪い」
「ヒック…あ、あと、助けてくれてありがとうございます……」
ルイさんが目の前にいることや助けてくれたこと、嬉しいのか怖かったのか自分自身でも何が何だかわからないがボロボロと涙が止まらなくなった。

「ケイト、ただいま…」
「うう、おかえりなさい、ルイさん…ヒック」







解説
ルイさんが魔王様です。
子どもだったケイトを助けたのはただの気まぐれだったけど、助けたケイトの泣いてぐちゃぐちゃの顔を見て、『可愛いな』と思い、それから人間の姿でたまにお店に行っているうちにケイトの事を好きになった。
無口で無表情がデフォルトなルイさんだけど、ケイトに対しては喜怒哀楽がハッキリしているし、伝えたいことはしっかり自分の口で伝えている。

勇者を簡単に倒したが、もしかしたらケイトも王様や村人達のように『魔王を滅ぼすべきだ』と考えていたらどうしようと、王様達と再び和平を結んだけれど、ケイトには怖くて会いに行けなかった。
ようやく腹を決めて会いに行ったがもう閉店時間で、また明日会いに行こうと思っていた時に、ナイフ男がケイトを襲っているのを見て慌てて助けに来た。


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