無口不良×野球部
リクエスト



空は曇りで太陽すら出ていないのにじめじめと蒸し暑く、湿気と汗のせいで肌にYシャツがべったりとくっつく。
隣ではいつもはギャーギャーとうるさい野田だが、数分前に『これからどんどん暑くなんだべ?無理だわ…俺、今年の夏は乗り越えられる気がしねぇ』と言ったっきり地面に突っ伏し、ピクリとも動かなくなった。
静かな隣に、暑さはうるさいやつを静まらせるのに最適な季節なんだなと少し口元が緩んだ。それにしても今日は蒸し暑い。
放課後で既に俺達以外誰も居ない教室を見渡し、その後自分の手元に視線を落とす。
手元にある紙には大きな文字で『進路希望調査票』と書かれ、俺は顎に手を当て考え込む。
こんなの野田みたいに『え?進路希望調査票?そんなん、石油王一択に決まってんじゃん』と適当に書けばいいとはわかっているが、俺の性分がそれを許さない。
だけど改めて自分を見つめ直すが特に何かしたいということも無く、紙は未だ真っ白いまま。
別に俺は就職でもいいし、あと数年勉強するのでもどちらでもいい。
だけどどちらにしてもこれといってしたい事や行きたい所がある訳ではないので全く手が進まない。
持っていたシャーペンを一旦机の上に置き、気分転換に外へと視線を向けると、外では陸上部や野球部などの運動部が声を張り上げながら練習に励んでいた。その姿に少し羨ましくも思う。
この3年間俺は何かに熱中することはなく、していたことと言えば喧嘩だけ。
それも売られた喧嘩にたまに身体慣らしに相手をする程度。
そんな俺とは違い、外に居る奴等はキラキラと輝き、青春を謳歌している。
こんな蒸し暑い中でも懸命に練習する姿は素直にカッコイイ。
自分の本来のやるべきことも忘れ、運動部の練習様子を食い入るように見続けた。

なんとなくわかってきた。
この学校の野球部は1年から3年まで10人ずつバランスよく人数がいる。
身体の大きさや練習具合に結構差が出ていてわかりやすい。
見ているうちにお気に入りの選手も出来て、さらに見るのが楽しくなってきた。
多分同い年であろう背番号7番の少し小柄な選手。凄く上手いという訳ではないが見ていて『野球が好きなんだな』とありありとわかる。
帽子を目深く被り、顔は見えないが背番号7番のそいつに俺は好感を持った。

あの後突然『そうだ、ガリガリ君を食べよう』と言う声で校庭に向けていた視線を野田に移すと、勢い良くガバリと起き上がった。
そしてさっきまでの怠け具合とは打って変わって『うぇーい。俺、冒険してシチュー味食うわ』とうるさく、やっぱり暑くてもうるさい奴は変わらずうるさいんだなと呆れた目で見た。




7月の中旬。梅雨は明けたが本格的な夏が近付き、毎日カンカン照りの太陽に照らされ、さすがにこれは溶けるんじゃないかと考える。
「モゴモゴ…ぱやとくん」
「……」
「むいいないれよ」
「…口ん中にある物食ってから喋れ」
「あい!!!」
大玉アメとアイスを同時に食う野田を冷ややかに見つつ、視線をまた外に戻す。
あの日からたまに放課後に残り、野球部の練習様子を見るようになった。
お気に入りの7番くんは今日も楽しそうに練習をしている。

「最近よく野球部見てるけど、野球好きなの?」
「普通」
「えー、何それ普通って!!一番困る回答だよ」
「…」
「んじゃあ、うちの野球部に何かあんの?」
「…」
「無視しないでよー。あっ!じゃあさじゃあさ隼人くん!近いうちに大きな試合の地区予選があるから、それ行く?」
「…」
「無言は肯定と取るよ?いいね?…はい、決定」
わーいわーいと喜ぶ野田の存在はもう俺の眼中から無くなった。
野田が喋っている時、チラリとだが7番くんの顔が見えた。何処にでも居そうな顔だったが、ボールを操るその姿は眩しいぐらい輝いていた。
ふぅと息を着き、今日はこの辺にしとくかと窓を閉めて席から立ち上がった。
その時ふと先ほどの野田の言葉を思い出し、『試合かぁ…』とほんの少しだけ7番くんが出るであろう試合が楽しみになった。




「ありゃまぁ…これは運が悪かったねー」
携帯の画面を見て呟いた野田の声と同時に、試合は終わった。
「対戦相手の高校ね、今年の甲子園出場校間違いなしって言われてる高校だったみたい」
そりゃ俺達の高校の野球部じゃ勝てねぇよなと言う野田の言葉を意識半分で聞きながらも、目線は一点から外せなくなった。

うちの高校の野球部は弱小でも強豪でもない。
野田の言うとおり、ただ運が悪かっただけ。
1対15という結果は圧倒的な力の差だったが誰1人諦める様子はなく、最後までみんな全力を尽くし、戦い続けた。
結果はズタボロだったが、1点という点は諦めなかったからこそ勝ち取れた大きな1点。
彼等の頑張りに客席からは大きな拍手が送られた。

俺の目線の先にいる7番くんはいつもは目深く株っている帽子を外し、腕で涙を拭っていた。
見ている俺の方が胸が締め付けられ、苦しくなる。
今すぐにでも7番くんに駆け寄り、ギュッと力強く抱き締め『お前は十分頑張った。』と慰めてやりたい。
だけど俺の前にはフェンスという壁があり、到底7番くんには手が届かない。
歯痒い思いを感じながらもジッと7番くんを見つめていると顔を上げた7番くんとバチリと目が合った。
どうすればいいのかわからなかったが、伝わればいいなという思いで『よく頑張った』と口パクをし、あまり動かさない表情筋も無理矢理動かして笑顔を作った。
けれどすぐに7番くんは下を向き、仲間の元へと行ってしまった。



「さっき隼人くんが見てた奴って隣のクラスの岡本くんだよね?二人って仲良いの?」
「…誰だそれ?」
「え?…背番号7番のやつ。隼人くん超見てたじゃん」
「岡本…」
7番くんの名前、岡本って言うのか…
そうか…

「隼人くん?お顔が緩んでるよー。どーしたのー」
「ああ…」
しかも隣のクラスだったのか…。それじゃあもしかしたら明日…
「触れられるかもしれないな…」
さっきまでの7番くん…もとい岡本の泣いている姿を思い出し、強く手を握る。
今日触れられなかった分、明日必ず岡本に会いに行って褒めよう。
そして、いつの間にか芽生えていたこの気持ちもついでに伝えよう。

泣いている岡本を見て気付いてしまった。
興味のなかった野球に何故熱中していたのか、何故岡本から目が離せないのか…
それは全部、俺があいつのことが……




高校3年間頑張ってきた部活がもう明日から無いなんて、俺はこれからどうやって毎日を過ごしていけばいいんだろうか
いざ自由になると何をすればいいのかわからない

本格的な夏が始まる前に、俺の夏は終わってしまった。
元々対戦相手を知った時点で勝てるはずないとわかっていた。
だけど何があろうと最後までやり切ろうと仲間と励まし合い挑んだことで、1点だけだがみんなと力を合わせて点を取ることが出来た。
高校生活最後の試合に負けたことは悔しいが、それ以上にみんなで取れた1点に感動した。
嬉しい。悲しい。悔しい。楽しかった。
試合が終わった瞬間色んな感情が次から次へと湧き、ポロポロと涙が顔を伝った。
『泣くつもりなかったのにな…』と涙を止めるべく上を向くと、丁度こちらを見ていた人とバチリと目が合った。
短めの黒髪で男前な顔立ち。『岸田隼人』だと気付く。
けれどこちらを見つめる目はどこか熱を孕んでいる気がして、何故か顔に熱がたまる。
なんで岸田がここに居て、なんで俺なんかを見てるんだよ。
視線を下げようとした瞬間岸田の口が動き、その口は『よく頑張った』と、多分そう動いた。
そしていつもは無表情な顔がニコリと優し気に笑った。
慌てて下を向きベンチへと入るが岸田の見たことのないその顔に身体中がドクドクと高鳴る。
自分で自分の身体を抱き締めるがそれでも胸の鼓動も熱い顔も何もかもが収まってくれない。

必死で別の事を考えその場をやり過ごしたが、何故あの場に岸田が居たんだろうか
もしかして岸田も俺達の応援に来てくれていたのかもしれない
そう思い『ああだったらもっと頑張って、岸田に良い所を見せたかった』と目を瞑っているうちに、今日1日の疲れでいつの間にか夢の世界へと飛び立っていた。



次の日の放課後、いつもの癖で校庭へ行こうとしていたところを後ろから腕を掴まれたことで止められた。
誰だよと後ろを振り返ろうとしたが、気付いた時には目の前が真っ暗になっていた。
「よく頑張ったな…お疲れ様」
少し低めの落ち着いた声に、頭が真っ白になる。
「きし…だ?」
「お前の野球している姿はいつもキラキラしていて、すごく大好きだった。」
「おう?」
「野球していないお前も、変わらずキラキラしているな。」
「え?な、何なの一体?」
「お前が好きだ…これから覚悟しとけよ」
パッと離され視界が明るくなると、岸田の背中だけが見えた。
その姿に昨日の視線や笑顔を思い出し、俺の身体が震えた。
「俺ももう…多分岸田が……」



好きだ





解説
このあと1週間以内には恋人同士になってます。
そして夏休み中に距離を縮めつつ、甲子園の試合を家のテレビで一緒に見ます。
差し込む場所がなかったんですが、隼人くんは岡本くんを好きになったことで進路希望調査票に『岡本と同じ所』と書きます。
岡本くんは家から近い大学に進学するつもりなので、同じ場所に隼人くんも進学します。
隼人くんは無表情だけど顔の良さや自分から喧嘩はしない心優しい不良として名がしれている。
なので影で隼人くんは『アニキ』と慕われています。
隼人くんは不器用です。なので突然あんな告白になり、しかも言いたいことだけ言って帰ってます。
だけど岡本くんはしっかり隼人くんの告白の意味を理解し、その上『俺もあの時の岸田を見て、好きになってしまった』となっているので一件落着です。


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