心奪われる
学生達はもう夏休みを迎え遊び呆けている中、社会人はお盆という短いが貴重な休みを楽しみにせっせと働く。
例に漏れず、俺も世のサラリーマンと同じくお盆を楽しみに働くが、次から次へと増えていく仕事に苛立ちが隠せない。
今更ギリギリの書類を回してくるとかバカじゃねぇのか…仕事を回すにしてももっと早く渡しやがれと暴言を吐きたい気持ちを抑え、速達で送るのも時間が惜しく、出来上がったばかりの書類を直に相手側の会社へと届けにいく。


午後7時、溢れかえる人混みに沿って歩くが、いつもより多い人混みに辺りを見渡すと、ほとんどの人が浴衣や甚平を着ていた。
もしかしてと携帯を取り出し検索をかけると『8月5日 第26回花火大会』と一番上にデカデカと表示され、もしかしての予想が当たり、深くため息をついた。

道を進むにつれて人がさらに多くなり、気が付けば身動きがとれない程にまでなっていた。
なかなか動かない人混みやガヤガヤとうるさい声に再び苛立ちが募る。
そして昼間よりは涼しいとは言っても夜も暑く、生温い風が吹き、汗と湿気で髪が顔にベタつきうっとおしい。

3分で通れる道を10分もかけているのになかなか進めない。それに周りの男女は人の目も気にせずベタベタイチャイチャし、キスまでする始末。
そろそろ苛立ちのピークを迎えようとしていた時、左の方から耳が壊れそうな程の大きな音が聞こえ、無意識に眉間にシワがよった。

音が聞こえた瞬間人混みは立ち止まり、『綺麗』『すごい』『大きい』と騒ぎ出す。
立ち止まる人々を邪魔だと心の中で悪態をつきながら掻き分けるが、ほとんどの人が止まっているせいで、なかなか前へ進めない。

うるさい音に邪魔な奴等、思わず舌打ちをしてしまう。

警備員の「止まらないでくださーい。」というやる気のない声でやっと人混みは動き出したが、またすぐに人混みは止まり、一際大きな音と歓声が上がった。
睨みつけるようにして歓声の元となっているものを見ると、大きな大きな円型の赤い光が目に入り、次の瞬間大地を揺るがす程の大きな音が響いた。

さっきまでガヤガヤとうるさかった周りの声は大きな音で全て掻き消され、空いっぱいに散りばめられた色取り取りの光に、年甲斐もなく子供のように目を輝かせた。

天高く昇る光に沿って首を伸ばし、顔を上げる。
そして光が目に見えなくなった瞬間、大きな花が音をたてて空に咲き乱れる。
空から流れ落ちる光に心が奪われた。




「動いてくださーい」というやる気のない声と、人混みが動き出したことで我に返る。
足早にその場を離れ、遠回りだが人の居ない道を選んだことで、少し時間はかかったがようやく目的地に着くことができた。
受付に書類を渡し、このまま今日は会社には寄らず、直帰して帰ろうと考えるが、またあの人混みを掻き分けて帰らなきゃいけないということを思い出し、ため息をつく。

まだ外で音がするのが聞こえ、ゆっくりとガラスへと近付き、ボンヤリ外を眺めた。
花は真っ暗な空に大きな音をたてて綺麗に咲いている。
儚いが一瞬の輝きがさらに美しさを増しにさせ、見るものを魅了する。
キラキラ輝く光を掴みたくて手を伸ばすが、空から地面に落ちる途中で消えてなくなる。
それがまた美しく、何も掴めなかった手を握りしめた。


「綺麗ですよね」
「え?…ああはい、そうですね」
突然後ろから声をかけられ振り返ると、優しそうな笑顔を浮かべた若者が立っていた。
さっきまでの行動を見られていたかもと少し恥ずかしくなるが、それを悟られないように、普通を装う。

「毎年ここから綺麗に見えるんですよ」
「確かに…何も障害もなく綺麗に見えますね」
「社員以外は会社の中に入れないのでゆっくり見えるし、結構穴場なんです」
人好きのする顔立ちで自慢気に言われ、無意識に笑顔になる。
けれど自分の状況を思い出し、俺は慌てた。

「あっ…もう帰りますね。これが終わるときっと電車混んでしまうと思うので、その前に帰ります。…それでは」
「そうなんですか…それは残念です。」
さようならと言う言葉に、ペコリとお辞儀をして返し、足早に駅へと向かった。


電車の中で、どんどんと小さくなる光と音に、ゆっくりと目を閉じた。






解説
花火を見てきたので勢いで書いてしまいました。

一応設定は『30代独身サラリーマンが仕事の合間に花火を見て、心奪われる』です。
なのでホモ要素はゼロです。
けれど一応お情けで、最後の方にフラグを立てときました。


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bkm
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