似非優等生×いじめられっ子教師
リクエスト



「あの…し、静かに…して、ください」
席を移動して、お喋りをやめない生徒達に声をかけるが一向に静かになる兆しが見えてこない。

「授業が、始められない…です」
教室のあちこちに目を配らせながら注意を促すが、それでも誰もこちらを見ず、各自自由な事をしている。

「あの…あの!」
「おい。長谷が何か言ってるぞ」
「はぁー?声が小さくて全く聞こえませーん。もっと大きな声出してくださーい」
やっとこちらに気付いてくれた生徒がいたが、キャハハと僕を見て笑い、興味がなくなったのかまた喋り出してしまった。
僕は下を向き、涙が出そうなのを必死に抑え、うるさい教室の中僕は淡々と授業を始めた。



チャイムの音と同時に教室から出て、深くため息をつく。
僕は舐められやすいのか、生徒達は僕の言うことを全然聞いてくれない。
無視や授業妨害なんて日常茶飯事で、前なんて僕が教室に入った瞬間頭の上に黒板消しが落ちてきた。
もくもくと白い煙が出てきて僕が噎せていると、生徒達の笑い声と馬鹿にする言葉が聞こえ、直ぐにでもその場から立ち去りたくなった。
だけどそんな事も出来ず、僕は何もなかったかのように授業を始めることしかできなかった。

ストレスで胃に穴が空きそうだなと感じながらも次の時間割を思い出し、僕は一気にテンションが上がった。
次のクラスは吉野くんのいるクラスだ。
こんな僕を唯一慕い、熱心に勉強の質問までしてくれる優等生の吉野くん。
頭の良さもさることながら見た目まで良い。
なのにその事を全く鼻に掛けず『僕はまだまだ知らない事がたくさんあるので、長谷先生の授業はいつも勉強になります』と僕の事を立ててくれる。
それに他の受け持ってるクラスとは違い、吉野くんのいるクラスは静かに僕の話を聞いてくれる。
きっとそれは優等生の吉野くんがクラスのリーダーだから、他の生徒も吉野くんに見習って良い子が多いんだろう。
吉野くんのクラスの担任はしっかりしてる吉野くんが居て幸せ者だなと常々感じる。


「それじゃあ授業を始めます。教科書の26ページを開けてください」
前のクラスとは違い、静かに僕に向かい合って話を聞いてくれる。
それもこれも吉野くんが居るからだ、とチラリと窓際にいる吉野くんを見るとニコニコとこちらを見ていて、僕も思わず笑顔になった。

授業の終わりのチャイムが鳴り、僕が「今日はここまでです」と言うと、さっきまで静かにしていた生徒達は後ろを向いてお喋りをしたり、授業中とは違いワイワイしだした。
その姿に若いなぁと感じていると横から「長谷先生」と声をかけられた。
振り向くとそこには吉野くんがいて、顔が自然と綻ぶのが自分でもわかった。

「どーしたの?吉野くん」
「ここの解釈がわからなくて…」
「…あぁ、そこは難しいよね。今日資料持ってきてるから、放課後でいいなら説明するよ」
「本当ですか?ありがとうございます。助かります。」
話も終わり、それじゃあと言って教室から出ようとしたが、後ろから吉野くんに手を掴まれ「先生。これどうぞ」と言って掌に何かを置かれた。
見てみるとそれは飴で、僕が不思議そうな顔をしていると
「先生お疲れのようなんで、これでも食べて元気だしてください」と言って自分の席へと戻ってしまった。
数秒飴を見つめてから我に返り、僕も急いで職員室へと戻った。

職員室に着いてすぐ僕の隣のデスクで、吉野くんの担任でもある先生に話しかけた。
「本当に吉野くんって良い子ですよね。人を気遣えるし、先生が羨ましいです」
「えっ?…あぁ、そーか?…実際はそうでもないぞ」
何故か遠い目をする先生に僕は小首を傾げた。



放課後職員室に戻る途中で吉野くんに会い、一緒に職員室へと向かっていたが、さっきまで授業していたクラスに忘れ物していた事を思い出し、吉野くんに先に行っててと伝えてクラスへ戻った。

『長谷って本当見ててイライラする。あと授業つまんない。
…そーいえばさぁ、さっきの見た?長谷のやつ、吉野くんに親しげに話し掛けてたよね…なんか吉野くんって長谷のお気に入りらしいよ…気持ち悪くない?』
『えー?マジー?それってセクハラじゃないの?長谷のお気に入りとか、吉野くん超可哀想』
『吉野くんと同じクラスの子に聞いたんだけど、長谷って授業中いっつも吉野くんの方見てニコニコしてんだって』
『何それキモすぎ…。ねぇそれってもしかして、長谷って吉野くんの事が好きなんじゃない?』
『ホモってこと?うわぁ…キモ』
教室の扉を開けようとした瞬間、中から聞こえた声に僕は固まった。
生徒に陰口を言われているのはわかっていたし、暗い性格の僕を好いている人が居ないなんて今更。
そんなことより僕の頭には『もしかして、長谷って吉野くんの事が好きなんじゃない?』という言葉がグルグルと回る。
言葉の意味をようやく理解した瞬間、身体がスーッと冷たくなり、タラリと冷や汗が流れた。

僕は気持ち悪い。気持ち悪いよ。
自分を慕ってくれている生徒にこんな感情を持っていたなんて…

彼女が言うように僕は吉野くんの事が好きだったみたいだ。
こんな暗い性格の、しかも男の教師に好かれるなんて…いくら吉野くんが優しいからといって気持ち悪いと思わない訳が無い。
今までのアレこれを思い出し、自己嫌悪で気持ち悪くなってきた。
我慢できず扉の前にしゃがみ込み口元を押さえていると「長谷先生?」と吉野くんの声が聞こえた。
驚き振り向くと「遅いので来ました。…どーしたんですか?」と心配そうにこちらを見る吉野くんに僕はハッとして立ち上がり
「ごめん。今日はもう帰るね」と言い立ち去った。





あの日から2日も経ち、自分の気持ちを自覚した僕は一人震えた。
憧れてついた仕事だが、社交性のない暗い性格の僕には向いてない職業だった。
だけどそれでもやめなかったのは慕ってくれる吉野くんがいたから。
その吉野くんにもし僕の気持ちがバレて拒絶でもされたら、僕はもう生きていけないかもしれない。
そうなるなら僕は今すぐにでもこの仕事をやめて、何処か遠くへ行きたい。
この先自分はどうすればいいかわからず、不安で涙が溢れて止まらなくなってしまった。

耳を塞ぎ、何もかも考えないようにしているのに頭の中には吉野くんが浮かでしまう。
思わず助けを呼ぶように「吉野くん…吉野くん…吉野くん」と呟いていると、突然「なんですか?」という声と共に、誰かに抱き締められた。
驚いて毛布から顔を出すと、何故か吉野くんが居た。

「な、…んで?」
「長谷先生が心配で来ちゃいました」
「どうやって、中に…?」
僕の質問に吉野くんはただニコリと笑うだけで何も答えてくれなかった。

「先生泣いてたんですか?…目が赤くなってますよ。」
僕の目元に指を這わせる吉野くんに集中していると、不意に目元をペロリと舐められた。
驚いて吉野くんの顔を押し退けると、押し退けた手を掴み
「先生の涙、凄く甘いです。でももう泣かないでください。」
と言い、手を握られた。
「俺は先生の事が大好きなんです。先生も俺も男同士なのにおかしいっていうのはわかってます。だけど好きです…。だから先生が悲しそうだと俺まで悲しくなります」
眉毛をハの字にさせ、本当に悲しそうな顔をする吉野くんを今度は僕が抱き締めた。

「ごめんね。僕はもう大丈夫だからそんな顔しないで…。それに吉野くんはおかしくなんてないよ。僕だって吉野くんの事が、その、同じ意味で好きだから…。」
吉野くんの悲しそうな顔を見ていられず、言うつもりではなかった自分の気持ちを思わず吐露してしまった。
だけど僕の返事を聞いた吉野くんは先程の悲しそうな顔ではなく、至極幸せそうな顔で笑ったことで、これでよかったんだとホッと胸を撫で下ろすことができた。

「同じ気持ちだなんてすごく嬉しい…。先生…好きです」
自然な流れで徐々に吉野くんとの距離は近付き、気付けば僕達の距離はゼロになっていた。







おまけ

長谷先生は全く気付いてない。
確かに吉野は表面上は優等生に見える。が、あいつは優等生なんてもんじゃない。
クラスメイトには『長谷先生の授業を楽しみにしている』と言い、遠回しに『一言でも喋って長谷先生の声を遮ってみろ。そん時は潰す』と言い、授業中誰も喋らさせないようにしている。
そしてどうやって情報を仕入れてるのかわからないが、長谷先生が生徒達になんかされたと知ると、その相手をシメにいく。
何回か俺はその現場に出くわしたが『テメェらクズが生きてんじゃねぇよ。こーいう害虫がいるから世間に迷惑かけるんだ…』と笑いながら相手を殴っている姿は正直恐怖で止めに入ることができなかった。
そんな似非優等生の吉野を長谷先生は『吉野くんは良い子ですよね。勉強熱心で、こんな僕を慕ってくれるんですよ。吉野くんの担任できて羨ましいです』と言うが、全然良い子じゃないし、実際は長谷先生の授業以外はいつもあいつはバレないようにサボっている。
それに慕っているんじゃなくて、あいつは長谷先生の事を狙っているんだ。長谷先生…、あいつは危険だから早く気付いてくれ…


この前、たまたま放課後に吉野が『ねぇ君ら何してくれてんの?…お前らのせいで今までのがパァーになったらどうすんだよ…オイ、聞いてんのかよクソアマ』と言い、女の子達が泣いてるのにさらに椅子や机を蹴り飛ばし、脅している場面に俺は出くわした。
さすがにこれはヤバイと思い止めに入ったが、あいつの目は本気だった。
それから2日間長谷先生は休んでいたので、きっとあの時の女の子達が長谷先生に何かしたのだろう。

そして最近、長谷先生が復帰してから吉野は前より少し大人しくなった。
そして長谷先生も目に見えてウキウキし、吉野を見ると顔を赤く染めるようになった。
あぁ……とうとう吉野の毒牙にかかってしまったのか…
長谷先生、あいつが怖くて告げ口出来なかった不甲斐ない俺を許してくれ……





解説
長谷先生の家に入れたのはもちろん密かにマスターキーを作っていたからです。

心を開いた相手には普通に喋れるけど、それ以外にはいつもオドオドしている長谷先生。
なのでオドオドしている姿しか知らない生徒は『なよなよしい』『見ててイライラする』という評価。

吉野くんは長谷先生の前でだけ優等生。実際はわかっていることでも、長谷先生と親しくなるために色々と質問している。
長谷先生の事は泣かしたいと思いながらもやはりデロデロに甘やかしたいという気持ちが勝っている。


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