小話
最寄り駅から10分。そこから乗り換えて更に20分の短くも長くもない乗車時間。
だけど最近この乗り換えてからの20分の乗車時間を、僕は密かに楽しみにしている。
自分が降りる駅まで開かれることのない扉に向き合いながら僕は今日も人々にもみくちゃにされる。
あるターミナル駅で乗客の多数が降りて行くが、降りた数より更に多い人数が乗ってきたことで、僕はさっきよりもピッタリと扉に体をくっつけることになる。
だがそんな事も気にならず、ただただ後ろから微かに香る匂いに意識を集中させ、無意識に顔がゆるませた。
目の前にある窓の反射を使って後ろの人物をチラリと見る。
名前も年齢も、どこの学校に通っているのかも知らない。だけど毎朝数十分の間だけ僕の後ろに立つ男子高校生。
僕より10cm以上は高い身長に、いつも耳に付けてるイヤホン。
初めて見たときは純粋に『カッコイイ人だ。羨ましい』としか思っていなかった。
だけど日を追うごとに気になりだし、気付けば彼が電車に乗ってくるのを楽しみにしていた。
(おはようございます)
後ろに感じる温もりに、今日も一日頑張ろうという思いが出てくる。
プシューッと目の前の開かれたドアからホームに1歩足を踏み出す。
心の中で『また明日』と思いながら僕は出口へ向かった。
(いってらっしゃい)
(毎日後ろに立って変に思われてないといいな)
(あー…一度でいいから話し掛けてみたい)
完
解説
他校同士の男子高校生の両片想い。
語り手の方は相手の事が気になってはいるが、それが恋だと自覚していない。
後ろに立つ男子高校生の方は自覚済みで、後ろに立っているのはワザと。
語り手は気付いていないが、満員電車での揺れを装って身体を密着させたりしてます。
でも揺れからもさりげなく守ってくれてたりします。